第250話・精霊神のお告げ(アナイナ視点)
「よかった、アナイナ、目を覚ましたんだ」
ヴァチカが嬉しそうに笑ってわたしを抱きしめてくれた。
「え? わたし」
「あの馬鹿ミアストのスキルに耐えようって無茶したから、頭に負担がかかったんだよ。ク……精霊神様がお助け下さったんだけどね!」
「精霊神様が?」
首を傾げ、その瞬間に耳鳴りがした。
鈴の音のような……音とも声ともつかない響き。
〈私は〉
え?
音が頭の中に入ってきて意味を作った。
〈聖職者が神殿の中に籠るのを望んではいない。聖職者が常に清浄でいることを望んではいない〉
え? え?
頭の中で文字になった言葉が、わたしの喉から出て来る。
わたしの声が、わたしの声じゃないみたいに。鈴の音のような響きの声で。
わたしの中の目覚めたばかりのスキルが伝えてくる。これは、本当に精霊神の言葉なんだって。
〈聖職者こそ、町を見、歩き、人の有様を私に伝えなければならない。よって、私は認める。聖職者が外を出歩くことを。信仰を、聖職者が直接告げ、教えることによって、人が再び正しき信仰心を取り戻さんことを〉
声が途切れ、わたしの喉は元に戻った。
……え?
「アナイナも……?」
ヴァチカがわたしの顔を覗き込む。
「今の……は」
「精霊神様のお告げ……だと思う」
ヴァチカが真剣な顔で言った。
「聞いてねアナイナ。大陸中の神殿で、神官や大神官、聖女の元にお告げが下ったの」
「大神官……ってことは、ラガッツォも?」
「うん」
「じゃあ、今、わたしの喉を使って話したのは?」
「精霊神様……だと思うよ」
「精霊神が……わたしの喉を使って……?」
ヴァチカが気まずそうな顔で少しそっぽを向いてから、わたしの顔を見た。
「大神官や聖女だけでなく、町の神殿を任されている神官にも下ったらしいの……精霊神様が全ての聖職者……ううん、大陸にいるすべての人間に伝えようとしたとしか思えない」
「じゃあ、……じゃあわたし」
わたしは微かな期待に震えながら、ヴァチカに確認した。
「ずっと神殿に入っていなくて……いいの? 町に出ても。お料理したり、喋ったり、お兄ちゃんに会いに行ったり……」
「多分、大丈夫だと思う。神殿の奥に戻る時は自分を清めなければならないけれど」
わたしの顔が緩むのが分かった。
お兄ちゃんとも、お父さんとも、お母さんとも、もう二度と会えないと思ってた。
でも、神殿に居続けなければならないことはないんだ。清浄を保つために、奥深くに、誰とも会わずにこもっていなくてもいいんだ。
遊びに行っても、お料理作っても、ちゃんと神殿に戻りさえすれば大丈夫……ってこと?
ヴァチカに確認を取ると、ヴァチカはちょっとだけ困ったような顔で頷いた。
「でも、人々の信仰心を呼び戻すためだからね? 遊びだけに行っちゃダメだよ?」
「うん! うん!」
頷いて、はっと気づいた。
「今、何時ごろ?」
「アナイナは丸一日寝てたよ」
「ええ?」
窓も何もないから時間が分からない……っ!
「起こしてくれたらよかったのに」
「聖女の眠りは何だと思ってるの?」
きょとんとしたわたしに、ヴァチカは額に手を当てて目を閉じる。
「聖女の眠りは、ただの睡眠じゃないのよ。精霊神様と夢の中で繋がる。そしてそれを皆に伝えるの。だから、聖女のいる町は栄えるの。精霊神様のお言葉が聖女を通して直接伝えられるから」
「でも、神官や大神官にも……」
「だから、今回のお告げは例外なのよ。大陸のすべての神殿のある町にお告げが下されたの。例外なくね」
「精霊神はなんでそんなお告げを……?」
「文句があるならいいのよ? 神殿から出なくても」
「出る出る出ます、お兄ちゃんにもお父さんにもお母さんにも会いたいの」
「全く、甘いんだから……」
ヴァチカの言葉は溜息交じりで、はっきりとは聞こえなかった。
分かったことはただ一つ。
お兄ちゃんとも、みんなとも、会えるってこと。これからも。これまで通りに!
顔が緩んじゃう。
聖女の役割は分かってるし、精霊神が何を考えてこんなお告げを出したのかは分からないけれど、わたしにとっては大事な人、大事な人たちとこれまで通り会うことが出来る、それだけわかれば十分!
「外。外出ていいかな。みんなに会いたいの」
「いいけど」
ヴァチカは一旦言葉を切って、重々しく言った。
「その格好で出られるの?」
あ。
鑑定式が終わってから着替える間もなく、色々あり過ぎて、着替える間もなく、グランディールの正装……しわしわになった服。
二日間着っぱなしの服は、外に出て行くには……向いてないね。
「き、着替え着替え」
そう言えば着替えって持ってきてたっけ?
「今はこれしかないわよ」
「ええ?」
真っ白くてひらひらしたドレスみたいなの。
「聖女の正装」
「ちょ、これで町に出るって」
神殿だったらこのひらひらでもいいかもしれないけど、町を歩くには……向いてない、ぜんっぜん向いてないよ!
「だったら誰かに頼んで、家から服を持ってきてもらったら?」
ヴァチカ、賢い!
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