第249話・精霊の肉体

 どんちゃん騒ぎは、特に主役である新成人がいなくても問題なかった。四人ともスキルが職に直結する聖職者だから、スカウト不可能と見做みなしたんだろう。そのままスカウトマンもどんちゃん騒ぎに入ってったんだろうなあ。


 酒を飲んでもほろ酔いにすらならない。


 多分、肉体が変質した影響だろう。


 この世界には人間の目に見えない存在、精霊がいることは知られている。人間にはできない、肉体がなくてもモノに影響を与え、人間の精神にすら影響を与える。スキルは精霊神が精霊を介して人間や生き物、町に与えると言われている。


 精霊神と精霊がどう違うか、と言えば、精霊神は自力で肉体を得ることが出来、精霊は得ることは出来ないってことかな。


 精霊はどう頑張っても、肉体はない。得られるとすれば、魂のない肉体に入り込むこと。例えば生まれる前の胎児。例えば死んだ動物。……生き物じゃなくてもいい。石や水と言った自然物、家や城と言った建築物、思い入れのある道具、などでも精霊が入り込んで実体を得ることが出来る。ただ、肉体の方向性ってのがあって、元となる精霊がどれだけ強くても、肉体の限界を超える力を放つことは出来ない。放ったら肉体が崩壊し、下手をすれば精霊の魂そのものが砕け散る可能性もある。


 一方精霊神は肉体を作って大陸に降臨することが出来る。どんな形にもなれるし、精霊体であった頃と全く同じ力をダメージなしで使いまくることが出来る。


 ただ、それだと肉体が異様に強くなるので、ぼくは精霊神によって人間と同じ作りをした魂を宿されて母さんの腹の中のまだ魂のない胎児の元に送られた。そうやって、ぼくという精霊神の現身が造られたんだ。


 魂の封印が解けるまでは、人間が使う「スキル」だったので、肉体も人間のままでよかった……けど、魂の封印が解かれてしまったため、人間の肉体では力を使えない。で、精霊神の魂が肉体に影響を及ぼして、精霊神の肉体に近いものに変質した、のだと思う。


 ちなみに、町にも、精霊が入っている。


 「くに」には、作られた時精霊が入り込んで力を与えているというのが、遠い昔、「くに」や「いくさ」があった頃のスキル学で判明していたとヴァラカイから写させてもらった、ディーウェスのスキル研究科ファクトゥムの著書にあった。よって、今の町に「町スキル」があるのも、町に精霊が宿っているからだという。……町のランクは精霊のランクでもあり、精霊の強さでもあると。


 そして今のぼくは分かっている。精霊神の力や記憶を使わずに、と思っていても、例えば見聞きしたことの真偽は分かるし、その理由も自動的に頭の中に浮かんでくる。


 これは条件反射みたいなものなので、ぼくの意思で封じ込めようとすることは出来ない。例えば鍋を触って熱かった時、「熱っ」と手を離すのではなく、熱くない振りをして鍋に触り続けられるか、という問題だ。普通の人間にはまず無理。そして、肉体も精神も人間として作られたぼくだけど、魂が精霊神である以上、得た情報に反射的に正しい答えを返すことを止めることは出来ない。


 ムカつくったら。


「クレー町長?」


 不機嫌が顔に出ていたんだろう。アッキピテル町長が不思議そうにこちらを見る。


「ああ……失礼」


 もう、町長の仮面を被らなくても「町長クレー・マークン」をやることは出来るようになった。「町長の仮面」は、が町長として行動する時精霊神の意図から外れたことをやらないようにという安全装置だったんだ。つまり、町長としての知識や振舞いはぼくの肉体に組み込まれているので、「町長の仮面」を意識しなくても、今のぼくなら十二分に町長らしい振る舞いが出来る。


 表情を作るのに無理はないのを確認して、外向きの笑みを浮かべる。


「少し考え事をしていただけですので」


「確かに、第一回の成人式で成人が全員聖職者、というのは有り得ませんからなあ、感慨深いでしょう」


 フューラー町長もぼくの肩を叩いて頷く。


「ヴァヴァ、ヴァラカイの、古書にも、有りませんでしたぞ」


 ザフト町長もつっかえながら保証してくれた。


「奇跡が起こっても、それを使えなければ意味がありません。聖職者たちとよく話し合って、彼らの意図が通じる町にしなければ」


 笑顔だけど、腹の底では精霊神に文句をまき散らしている。


 スペランツァを作るってんなら、わざわざ人間の肉体を作らないで町長としての肉体と町を作ってそこに人集めりゃよかったんだ。ぼくに任せたんなら、ぼくはぼくの好きな町を作る。文句は言わせない。文句を言うならあんたの一割だけど、全力で反撃させてもらう。



     ◇     ◇     ◇



「ん……」


 アナイナはピクリと身動みじろぎをした。


 肌に当たるのは滑らかな布の感触。


 目の辺りが熱い。


(そうだ、わたしは聖女に選ばれて)


 お兄ちゃんと会えなくなると知って、泣いて、泣いて。


 やっと覚悟して運命を受け入れようと思ったら。


 あのミアストがやってきて。


 ふざけたことを抜かしたから、みんなして文句を言ったら、ミアストがなんかスキルかけてきて。


 お兄ちゃんって祈って……。


 それから……。


(それから、どうしたんだっけ?)


 むくっと体を起こすと、ベッドの横にしつらえてある椅子に座っていたヴァチカがこっちを見た。

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