第92話・印のデザインは

 と。言うわけで。


 翌日、陶器通り近くの印章彫刻家ダムガ師匠の所を訪れたぼくです。


「その間抜けな格好は何なのかね、町長?」


 気難しい顔でいきなりこういう師匠。


 間抜け?


 あ、エキャルか。


「すいませんこいつは訳あってあと二日は傍に置いておかなければならないんですこいつのことは無視してお願いします」


「印章作りは下を向く。首が痛む」


 ダムガ師匠はむっすりと言う。


「更に頭に鳥が乗っていたらもっと首を痛める」


「あ」


 気難しい人かと思ったら、心配してくれていた。


「エキャル、しばらく机の上に乗っててくれる?」


 くぅ、と残念そうな顔をしてエキャルは机のぼくのすぐそばに着陸した。


「それでいい」


 師匠、頷いて、掌に乗るほどの四角い石を取り出した。


「印章彫りに一番いい石、セーデン石じゃ」


「へえ」


 蒼い石を遠ざけたり近付けたりして見つめる。


「まずは、どのような図柄にするか考える」


 どんな図柄、かあ。町の印章はグリフォンだけど、ぼくの図柄かあ……。ぼく……。


「面倒であれば自分の名をそのまま印にしても良い」


 その手があったか!


「町長印と違い過ぎると疑われるだろうが」


 ……そうか。


 う~ん……。


 軽くほっぺたをトントンする気配。


 ん? 誰?


 そっちを見ると、エキャルが心配そうな目でこっちを見ていた。


「大丈夫だよ、エキャル……」


 ……ん。


 エキャルにすればいいんじゃないか?


 町はともかくとして、ぼく自身はあんまり特徴がない。


 アナイナと髪の色も目の色もパーツもよく似ているのに、アナイナは美少女だけどぼくは美少年ではない。むしろ特徴と言える特徴のない無個性な人間だ。


 スピティやフォーゲルではこいつが本当に町長か扱いは当たり前だった。


 町民でもぼくの顔を見てすぐ町長と分かる人間は半数いるかいないか。サージュやアパルが町長だと思ってる人もいるくらい。


 そんなぼくが昨日注目を浴びたのは、頭の上のエキャル。


 さすがに頭に伝令鳥を乗っけしている人間はグランディールでは町長であるぼく以外いない。


 伝令鳥を乗っけて一日グランディールを歩き回ったから、エキャルと並んで覚えた人もいるんじゃないか。


 そのぼくを表すのに伝令鳥は相応しいんじゃないかと思った。


「こいつ、どうでしょう」


 手を上げると、その上にエキャルがくちばしを乗せてきた。エキャル、ぼくの手は君の嘴置きじゃない。


「伝令鳥か」


 印に色は出ないから伝令鳥とは分からないだろうけど、姿は美しい鳥だから印向けだろう。


「んじゃあ……」


 彫刻刀を手に取ろうとすると、ダムガ師匠が手を抑えて止めた。


「いきなり彫り出して上手く行くと思うか?」


 すいません、思いません。


 印を彫るっていうからつい彫る方を優先してました。


「一番失敗しやすいのは、何も思い浮かべず彫り出すことだ。石は一度彫ったら修正が効かんと分かっているはずなのだがな。しかも彫り直しが効かないからこそ。事前の準備が必要なのだ」


 ……多分同年代のみんな、成人して印を彫る時、「彫らなきゃ」という意識が優先していきなり彫り出して変な失敗作を作っちゃったんだろうなあ……。


 ダムガ師匠は何枚もの紙を取り出した。


「まずこの紙に下絵を描いてみるがよい。モデルがすぐ横にあるのだから、色々な向きから描いてみよ」


「なるほど」


 冷静に考えればその通り。下絵を描いて彫れば失敗はそれだけ減る。


 多分、「自分の印~!」とか言ってテンション上がっていきなり彫り出すヤツが多いんだろうなあ。そして彫りながら反省して、彫り上がって絶望すんだなあ。


 ぼくはエキャルを見ながら、その顔だけや、羽根や、全体図を色々描いてみる。


 絵は得意じゃないんだけど、自分だけの印にするんだから、みんながカッコいいって思えるの作りたいし。


 エキャルはぼくの要請にこたえてちょっと顔を斜め四十五度にしたり翼を広げて見たり色々ポーズしてくれた。


 で、十枚近いスケッチが出来たわけですが。


「こんな感じですか?」


「ふむ」


 師匠はじろりとスケッチに目を走らせる。


「良いのではないかな」


 おっ? 褒められた?


「この翼を広げた伝令鳥はいいとは思うが、印にすると小さくなる」


「あ、そうか」


 印のする石を見ればわかるけど、印はそんな大きくない。町長印は大きくしたりして町のシンボルの紋章になったりするけど、個人印は紙などに押すことがほとんどで、自然小さくなる。


 伝令鳥の全体図は確かに見栄えはするけれど、全体的に小さくなる。


「面白いと思ったのはこの羽根」


 一枚紙を取り出した。


 エキャルが翼を広げて見て見てとポーズしたんで描いた、羽根だけのスケッチ。


「独特の風切り羽根の有様、美しい」


 褒められた!


「羽根だけ、と言う構図も面白い。描きたいものを詰め込み過ぎて窮屈な印を作る者もいるが、描きたいものを一つに絞ってそれを丁寧に描く方が美しく感じられる」


あんまりにもエキャルが見て見てと翼を広げるから、徹底的に描き込んだんだけど、それが滅茶苦茶褒められた。


 嬉しい! 嬉しい!

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