第444話・グレーゾーン

「で? はここでのこと知ってんのか?」


「さあ」


「さあってなんだよさあって」


は私がみじめな境遇にいれば満足なんだから、この町に何も仕掛けてこないってのは、二つのことが考えられる。知らないか、知ってて黙ってるか」


「…………」


「知らないんだったらバレたら厄介だけど、それは後回しにできるわ。でも、知ってて黙ってるんだったら……厄介だわ」


「……だな。ていうか、知ってて黙ってる可能性が大きいな」


「何で?」


「聖職者三人がこのこと知ってるから」


「ああ」


 フォンセはこぶしをポン、と叩き。


「消しましょうか」


「やめて」


 即答する。


「この一件のことを黙って町の人間誤魔化してくれてる最大の協力者だ。あの三人がいなければあんたのおもてなしも多分できないんだよ」


「ええ~?」


 小首を傾げてくるフォンセに、ぼくはきちんと説明する必要を感じる。


「彼らは、あんたの気配を隠すためにいてもらうんだから」


「私は気配を消せるのに?」


「今回、気配消してきた?」


「ええ。あなたは気付いたけど、他の誰も……」


「テイヒゥルは気付いたぞ」


 あら、という顔をするフォンセ。


「エキャルも気付いてる。ほら」


 ぼくの結界の外から、エキャルが不安そうに覗き込んでいる。


「動物が気付く気配。人間なら気付かないって保証はできないだろう?」


「……そうね」


 フォンセは親指を口元に持って行って、爪を噛む。


「基本、神と呼ばれる精霊の類が直接町に姿を現すことはない。てか人間と直接接触してくることはないわ。仮にがこの町に現われるとしたら、この町の人間が闇の気配に気づいてに救いを求めた時ね。そうすれば、絶対には現れる。町に闇の存在が現れたことを認められないから。聖職者三人と自分の分霊が守るある種の聖地に闇が来たってことは自分を侮辱されたって言う意味だから。でも、訴えがない限り現れられない。神が何も異変がないはずの町に簡単に姿を現すことを知られたら大陸がひっくり返るわね」


「そ。だから、あんたから漏れる闇の気配を、あの三人とぼくで相殺して、人間に気付かれないようにするんだ。人間が闇の気配に気付かなければ、は人間の町に普通の手出しは出来ない」


「普通の?」


がこれまでのルールの抜け道を見つけて、手出ししようとする可能性はある。ぼくの肉体を奪って町を乗っ取ろうとした時のように、町長が分霊ってところで何か出来ないかと考えているんだ」


「なるほど、有り得ない手出し」


 うん、と一つ頷く。


も自分は認めてないけど相当変質してきちゃってるからねえ」


「変質?」


「ええ。おかしいと思わない?」


 フォンセはぼくを試すように小首を傾げる。


「あなたはの分霊とは言え、人間として生まれ育った存在。ほぼ人間なわけよ。つまり、あなたを乗っ取るのは相当グレーゾーンの方法なわけよ。私が大陸にいた頃のだったら、絶対に取らないほどのね。だって、人間の肉体奪うって、自分の力で肉体を生み出せない精霊しか取らない下等手段だもの」


「……あんたはスヴァーラの肉体を乗っ取ってたけどな」


「ちゃんと本人の精神は安全に確保してましたー」


 べ、と舌を出すフォンセ。


「あいつみたいに別の肉体に移し替えて封じて戻ってこれないようにして、その人間として活動するなんて真似、さすがの私でもやりませんー」


「つまり、は?」


「そね。おかしくなりかけてる」


 あっさりと言ってのけるフォンセ。


「まあ、多分だけど、あなたと私を喪失したからかな?」


「喪失?」


「そう。あなたはに見せられたはずよね。この大陸と、外にある別の大陸……の有様を」


「……ああ」


 無限に広がる海の中に浮かぶいくつもの大陸。そこにそれぞれ性質の違う神が生命を育て、自分の大陸こそ世界で一番ならんと競い合っている。それが世界の有様。


が言ったかどうかは知らないけど、大陸創造……つまり大陸を与えられてそこに生命を育てる神は、必ず二柱なのよ」


「……待て、二柱?」


「そう。一柱でもなく、三柱でもなく。必ず、二柱」


 フォンセはソファに座りながら言う。


「しかも、その二柱は必ず、光と闇でなければならないの」


「……理由を聞いても?」


「そうね。隠すことじゃなし。でも、真実を言っても理解はできないと思う」


「……ぼくが頭悪いってこと?」


「そうじゃなくて。……創造神の考えは、高次過ぎて私でも理解できない所が多いの。それでも対の神の本能として知っていることがある。でも、それも、あなたに理解できることを言うとしたら、その中の何割か……しかないの。出来るだけ理解できるように言うつもりではいるけれど」


「……どうして、それをぼくに教えようと思ったんだ?」


「そうね。への当てつけかしら。自分はこの大陸では最高で最強で尊いと思っているあいつへの」


「……つまり、精霊神しか知らない事実を人間に教えることによって、自分……ごめん、自分と、世界から追放したフォンセしか知らない自分だけの知識が汚されちゃうから?」


「本当にあなたは賢いわね。の分霊とは思えない」


 多分、フォンセの本当の心からの感想、そして褒め言葉なんだろう。


「お褒めいただき、どうも」

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