第443話・甘味職人とは

 しばらく甘味とかで一緒にいられなかったテイヒゥルが足元でゴロゴロ喉を鳴らしている。その頭を撫でながら、ぼくは再確認。


「……聖職者の仕事が嫌になったわけじゃ、ないんだね?」


 コクコクと頷く聖職者女子二人。


「ただ……自分の好きなものを自分で作れるって、楽しいかなーって」


「あのね……」


 言葉の前に溜息一つ。この溜息で二人はびくっとした。多分、溜息が雄弁に語っちゃったんだろうなあ。


「今回の募集は、仕事として甘味職人になる人向けなの」


 しゅーん、と二人。


「スキルに関係なく好きな職を選べるのはグランディールだ。うん。替えの効かない職種でも、副業としてそれを認めている」


 でもね、と言葉を続ける。


「君たちがなりたいのは、甘味職人じゃないだろ」


 更に項垂うなだれる二人。


「聖職者の仕事と、甘味職人の二足の靴を履きたいって言うなら、ぼくは止めない。でもさ、君たちも分かってるんだろ? 聖職者は甘味職人の片手間に出来る仕事でもなく、甘味職人は聖職者の片手間に出来る仕事でもないって」


「…………」


 分かってたけど、真っ向から否定されると傷付くって顔だな。


「今回はダメ。結構応募者が多くて、片手間でっての断わってるの。スラートキーの職人から直接教えてもらうんだから。ただ」


 え? と二人の顔に?マークが貼りつくのが見えた気がした。


「アナイナ、クイネがしばらく昼食堂をスキル持ちに任せるって聞いてる?」


「うん。わたしにももし時間があればでいいから手伝ってくれって頼まれた」


「今回の教室、クイネも参加する。料理人として、甘味の作り方を知りたいって」


「えと……どういうこと?」


「クイネが学び終えた後、二人がクイネに簡単な甘味の作り方を習うのは、別にぼくは文句を言わないってこと」


 ぱああ、と二人の顔が輝いた。


「神殿、しばらく暇なんだろ」


「うん。……えーと、例の一件で、湯処の為に水垢離みずごりをすることをラガッツォが言ってるから、神殿は割と人来ない」


「うーん……三人が例の一件って言ってるけど、一体何のこと? わたし、聞いてないよね」


 例の一件……フォンセのことはマーリチク、ヴァチカ、ラガッツォの三人とティーア、スヴァーラしか知らない。アナイナは……精霊神ではなく、精霊神の分霊のぼくの聖職者になっているので、精霊神の気配や声を聞き取る力がない。巻き込んじゃったティーアとスヴァーラ以外には、の守護があるであろう三人なら、何かあっても守られるだろうと言う目算だ。てか聖職者が傷付いたりしたら精霊神の名折れだからなしっかりしろよ


「西と関係があることだし、お前、精霊神の聖女じゃないだろ」


「お兄ちゃんの聖女だよ?」


「だから余計に話せません」


「えー。わたし一人仲間外れ」


「ごめんねアナイナ、話せるようになったら話すから」


「約束だよヴァチカ」


「うん」


「じゃあお兄ちゃん、わたしたち神殿に帰るけど……」


「空いた時間にクイネに簡単なの教えてもらうのには文句ないわけね?」


「そっちもクイネも暇な時間、だぞ。クイネは食堂が基本で、二人は聖職者が基本なんだから」


「「はーい」」


 二人は帰っていく。


 途端に首筋に走る寒気、


 撫でていたテイヒゥルの毛もぶわっと逆立つ。


 これは。


 結界、結界! 早く!


「私を逃がさない為?」


「違う」


 何とか結界を張り終わり、振り向いて、背後に立った自分の後ろを見る。


「気付かれないように!」


 ソファに座り込んで、ぼくは背後に現われたフォンセに言った。


「今グランディールでフォンセのことを知っているのは、ぼくと聖職者三人、あとは巻き込んじゃった二人。エキャルとテイヒゥルもいれても七。これ以上厄介事の種を増やしたくないのぼくは」


「厄介事の種って誰のこと?」


「……自覚はあるんだな」


 にっこり微笑んだフォンセにぼくは嫌味を返す。


「で? 今回の御訪問の理由は? フォンセは待ての出来る精霊神だと思ってたけど」


「待つわよ。待つに決まってるでしょう? けえき? に、湯処? そして人間のおもてなし? こんな楽しいことを待って味わう楽しみを教えてくれたのはあなたでしょう」


「じゃあ、何でここに?」


「んー。言っていいのかな。やめた方がいいかな」


「知らないで何か勝手に進められるの嫌だから言っちゃって」


「そう。じゃあ、……対と大喧嘩した」


「あ~……」


 対ってことは、だな。仲は最悪ってのは知ってるけど。


「顔を合わせて大喧嘩?」


「ええ」


 うわあ秘かに大陸存亡の危機。


「何か力揮ったり何処か大陸に影響出たりした?」


「してない。だって、この後おもてなしがあるのに。私の楽しみを消しちゃうのは嫌だもの」


 良かった……ほんっとーに、良かった……!


 目の前にいるだけなら美人でちょっと言動とのギャップ萌えがする女性なんだが、その正体はその気になったらこの大陸ぶっ壊せる存在だからな。


「だから対に何を言われても言い返すだけにして、攻撃とかそう言うことはしなかった。そしたらあいつ、腹を立てて」


「立てて?」


「私の存在を認めないってさ。何言ってんだか」


 ぼくが入れた紅茶を飲みながら、対を嘲笑うフォンセ。


「私を大陸から追放した時に、私の存在をきれーに大陸から抹消しておいて。ほんと、よく言うわ」

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