第442話・大湯処の完成と甘味職人募集

「そう……ですわね、最低でも、甘味の材料が我が町で揃えられるように……」


 イェルペ副町長、ほんの少し困惑した顔で呟く。


「砂糖、蜂蜜、果物、小麦……」


「あと牛と鶏もですわ!」


 悩めるイェルペ副町長にカノム町長が更にダメ押し。


「町長……」


「ミルクや、ミルクからできるバター、生クリーム、卵は、あたくしの考えるお菓子には必須ですのに、オヴォツに頼まなければ手に入らないのですわ! 新鮮な牛乳があれば思い付いたものをすぐにでも作ってどんなものか分かりますのよ! 必要でしょう?!」


「カノム町長、それは土地が肥えてからで」


 暴れ馬になってしまったカノム町長にストップを入れるぼく。でないと要求が大きくなりすぎて、イェルペ副町長が壊れてしまう。


「牛も鶏も、大地が肥えていないと牧草が生えません。土地が肥え、放牧場が作れるくらいになってから牧畜を考えれば」


「そ、そうですわね。先走り過ぎましたわ」


 カノム町長、ふぅ、と息をつく。


「甘味も土台がしっかりしていないと崩れ落ちてしまいますものね。今のスラートキーに家畜を養えるだけの土地はありませんわ。ごめんなさいイェルペ、先走り過ぎましたわ」


「い、いえ、町長の熱意は十分に伝わりましたので……」


 十分どころか十二分、いや二十分くらいは伝わってるんじゃなかろうか。


「ですがクレー町長」


 くるっと振り向いて、カノム町長は微笑んだ。


「土地が肥えたら、グランディールの牛や鶏を買わせていただきたいですわ」


「……家畜の町ジャナワルに仰って頂ければ……」


「ジャナワルから来たミルクよりも、グランディールのミルクの方が味が濃かったですわ!」


「いや、それは土地のお陰で」


 また暴走しかけるカノム町長をいなしながらぼくは言葉を続ける。


「グランディールの家畜はグランディール産ではありますが、本来は野の獣や、ファヤンスから連れてこられた獣で、純粋にグランディール産と呼べる家畜は少ないんですよ」


「でも、食堂でいただいたミルクは味が濃く、美味しくて」


「いい牧草が生えればいい家畜は育ちます」


 アパルがきっぱりと言い切ってくれた。


「一時の感覚で家畜の町を敵に回すのは如何なものかと。ファヤンスから連れてきた家畜の元はジャナワル産がほとんどでしょう。SSランクの町を敵に回せば、甘味の町も成り立たないのでは」


 う~ん、と悩んだ顔をしたカノム町長。


「土地、ですの?」


「はい。土地が肥えれば穀物も野菜も育ち、それを食べる家畜も豊かになります。結果、人間も富みます。カノム町長は甘味の土台が成っていなければ崩れると言いましたが、土地と町もまた同じです。町が土地の上にある以上、土地が富まなければ町も富みません」


「分かりましたわ。ご助言ありがとうございますクレー町長」


 で、聞きたいことを聞いて、キラキラが増したカノム町長とじっとりが増したイェルペ副町長は去っていった。



     ◇     ◇     ◇



 そして、翌日、大湯処が完成した。


 と言っても、いきなり巨大な空き地が出来てその一瞬後に建物がドーンと建っただけなんだけどね。


 立派な建物だけど、豪華というわけではなく、かといって地味なわけでもない。みんなが楽しめる場所、という雰囲気。これとあの茶トラ猫建物作った人間が一緒だって、誰も信じないだろうなあ。アイディア多方面にわたる天才だから。


 とりあえず、大湯処で働くことを希望している人たちの教育も兼ねて、町民だけのお披露目会。


 フォンセが来るかも……いいや、彼女は「待て」の出来る精霊神だ。きっと待てる。いつの間にか入り込んでこない。来ないでお願い。


 水場と湯場。それぞれに多種多様な工夫が凝らされていて、マスコットでもある新種鳥ストルッツォがあちこちで滑ったり転んだりしないよう見守っている。


 みんな楽しそうだ。


 これで、ぼくの仕事は終わって……ない。


 町長たちのご招待とフォンセのもてなし。


 そして、その前に……。



 グランディールのあちこちに立て札が立った。


 『甘味職人希望者募集!』


 である。


 グランディールはなりたい人がなりたいものになる町。カノム町長もスキルなしで出来るって言ってたし。


 でも、カノム町長から言われた注意点をしっかり書いておく。


 『作るのに大変な時間がかかります。』


 『掻き混ぜなどにかなりの筋力が必要です。』


 『火を使ったり寒くなったりします。』


 『それに文句を言わずついてこれた人しか甘味職人になれません。』


 立て札の段階でここまで書いておいたから、大変なことなんだぞと言外に告げている。


 ただし。


 『成人前でも希望者受け入れします。』


 成人じゃないから甘味職人になれないというのはあまりに残念。やりたいことはチャレンジする。それがグランディール、ぼくの町。


「お兄ちゃん、甘味の職人募集って?」


 アナイナ、ヴァチカまで目を輝かせてやってきた。


 いや、さすがに聖職者が甘味職人兼業って無理があるだろ。

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