第441話・土地を肥やす

 契約書には、グランディールとスラートキーの間に契約を結び、スラートキーからは甘味やその材料、作成法を送るとある。


「引き換えに、グランディールのお野菜と土地を肥やす方法をいただきたいですわ」


 言いながら契約書の一部を書き換え、ぼくに差し出すカノム町長。スラートキーの条件を書き加える。


「町長!」


「土地が肥えていないと何も育てられないと貴女も言っていたじゃない」


「スキルの力で浮く町にスキル以外で土地を肥やす方法などあるわけがないでしょう!」


「ありますよ? 若干時間はかかりますが」


「え」


 何とかカノム町長を説得しようとしていたイェルペ副町長の瞳孔が、アパルの言葉に、微かに縮んだ。これは普通の人間だと目が点ってところだな。


 そのままアパルの方を見る。


「……アパル殿?」


「契約を交わしたらお教えしますよいくらでも。と言うか調査なさらなかったので?」


 ぐ、とイェルペ副町長が一瞬息を呑む。


 うん、町の足りないところを補う副町長が、野菜が採れないスラートキーで土地を肥やす方法を調べなかったのは、ちょっと迂闊だったろう。


 新人町長が言うのもなんですが、一つの特産だけで長く続く町は出来ないんですよ。


 ちなみにうちグランディールは家具や陶器だけじゃなくて農業や牧畜、あと溜池で魚の養殖も行ってます。町単体で生きていけるのが我が町最大の特徴です。


 が手をまわしたおかげっちゅうか、あいつのでそうなったんだけどね!


「土地が……肥える。スラートキーの……」


 呟くイェルペ副町長。どうやらスラートキーの土地はかなり痩せているようだ。……まあ、このご時世、畑に向いた土地なんかは既に何処かの町の土地になり、新規の町が取れる場所は少ないんだろうな。うちは空飛ばしてるから他の町の苦情とかは、太陽を隠したりしない限り来ないんだけど。


 多分、甘い物でお金を貯めてから、開拓とかしようと考えてたんだろうけど、……ヒロント町長やアパルやサージュに教えてもらった限り、土地は手をかけるのが遅れるとその分酷く改良が遅れるよ。


 こっちは「豊作」スキル持ちのヒロント長老や「耕作」のアグロス、「育成促進」のライプンが頑張ってくれて、そのフォローの為にアパルやサージュが農法を調べて、スキルなしの畑を一部作って試している。スキルなしもなかなかいい具合に育ってるんだ。


「契約……と言うことで、よろしいですか?」


 ぼくはイェルペ副町長をじっと見て、そう言う。


 イェルペ副町長の顔が微かに……本当に微かに歪む。


 ぼくみたいな若造に自分の主が感化され、そして契約で上手を取られそうなのが嫌なんだろうなあ。


 でも、この場合、ぼくはカノム町長の味方をしたいんです。


 カノム町長が自分の名前を書き、町印を押す。三頭犬ケルベロスの紋章。


 ぼくも名前と書いて契約印を押す。鷲獅子グリフォンの紋章。


 一瞬書類に光がぽうっと宿り、文字が紙に固定される。


 この場にいた精霊小神が町同士の契約を認めたという証だ。


 これでイェルペ副町長の横やりは入れようがない。


「ありがとうございます」


「こちらこそ、これからもよろしくお願いいたしますわ」


 町長同士が握手をして、儀礼は終了。



「で、土地を肥やす方法ですが」


 アパルが一つ咳払いをして、すぐ傍の本を手に取った。


「こちらの本をご覧ください」


 それは本好きアパルがエアヴァクセン近くに住んでいた時から持っていた本。


 タイトルは「土地の肥やし方」。まんまです。


 今はフォンセが支配する「実りの町」オヴォツを参考に書かれた本で、土の生命力を高める方法や植える作物の選び方、栽培管理の方法などが書いてある。


「今からやるならば、堆肥たいひ緑肥りょくひを作るところから、ですかね」


「堆肥? 緑肥?」


 う~ん。本気でイェルペ副町長は農業を取り入れるのは後にしようと思っていたらしいなあ。基本すら知らない。


「堆肥は植物の根や茎や葉、動物の糞尿、食べ残しや厨房くずを時間をかけて発酵させたもので、緑肥は今ある畑に燕麦えんばくを一旦植えて育て、草丈が一メートルほどになってからすき込んで地面に還元するものです。土壌を肥やし水分保持力を高め、作物の育成を促進するもの。完成するには緑肥は燕麦なら二から三か月、堆肥には半年ほどかかります」


「そんなにかかるんですか?」


「ええ。ですから土壌改良は時間との勝負です。一つシーズンを外すと一年待たなければならない」


 イェルペ副町長の顔から、ほんの少しあった赤色が完全に消えた。


「我が町の長老はよく言います。畑は生き物なのだと。後からやればいい、と後回しにしていると、取り返しのつかないことになると。スラートキーの土地を肥やすのであれば、早めに行動したほうがよろしいかと」


 イェルペ副町長の青い瞳が凍えている。凍て殺せるなら殺してやりたいと言いたげに。


 でも、グランディールでも堆肥は使ってるし緑肥も使ってる。それによって畑が元気になるのが分かる。


「小麦と果物だけでも自分の町で賄えるようになればいいのでは?」


 サージュの言葉に、青い瞳は悔し気にすがめられた。

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