第455話・ベリータルト
「簡単にできるおもてなし用の甘味?」
「ええ。グランディールの力で手に入れなければならないのですけれど」
「甘味を買う?」
「いいえ、それではスラートキーで買うのと替わりませんし、生徒の皆さまの勉強にもなりませんわ。欲しいのはそうですわね、粗挽きの小麦粉、ラード、たくさんの種類の新鮮なベリー、卵、」
んん?
「何ができるんです?」
「うふふ」
カノム町長はニコッと笑った。
「ベリータルト、など如何でしょう?」
ベリータルトとな。
確かにお祝いの時とかエアヴァクセンやグランディールでも食べてたけど。あれは確かに美味しかった。
「簡単なんですか?」
「分量が正しければ簡単ですわ。おもてなしに甘味を使うのは、十中八九相手は女性でしょう? ショートケーキのシンプルを、様々なベリーを乗せた鮮やかなベリータルトで囲む、というのは如何でしょう?」
「あ、それいい」
「いいでしょう。うふふ」
「えっと、ベリーというと?」
「ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、クランベリー、グースベリー、と言ったところかしら。この町の下の森でも採れますわ」
ぼくは即座に携帯用ペンとメモ用紙を取り出した。ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、クランベリー、グースベリー、と……。
そしてカノム町長にもう一度材料を復唱してもらい、それも全部メモる。
「甘いですか?」
「生クリームほどの甘さはありませんけど、ベリーの甘酸っぱさがアクセントになって、美味しいケーキですわ。何より主役のショートケーキとの同系統の甘さではありませんから、食べ飽きる、ということもありませんわね」
材料を準備してくれれば八日後……フォンセのくる一日前の教室で教えて、翌日ショートケーキと同時に焼き上げてくれるという。
「ありがとうございます!」
「でも、クレー町長? クレー町長が個人的に招く客人って……もしかして、お好きな方ですの?」
んん?
カノム町長の言葉を頭の中で反駁する。
「んー、好き? あいつと比べりゃ確かに好きではあるけれど、恋愛とかじゃないですねえ。家族愛……でもないなあ。恩人……ん? 恩人か。ええ、恩人みたいなもんです」
「あらあ、勘が外れましたわ」
残念そうなカノム町長。なんで?
「どうしてその方をおもてなしに?」
「グランディールの町民を助けてくれた恩があるんです、どうやって返せばいいか、と聞けば、湯処と甘味でおもてなししてほしいと言われて」
嘘じゃないですよ? ただここで大きな恩を売らないと大陸の存亡に関わってくるんですよ。
「あらまあ、うふふ」
にっこり微笑むカノム町長。
「色っぽい話はまだクレー町長には縁がないのですかしら」
「ないですねえ」
のほほーんと答える。
ぼくから恋バナを聞き出そうと? 言っておくけど町長になる前はお兄ちゃん第一主義のアナイナのお陰か、影が薄くて手を出されることもない人間だったよ。今でも仕事で女性が関わってくるとアナイナの機嫌が急転直下で悪くなる。仮にだぞ、仮に好きな子が出来たなんて言えばアナイナが泣いて喚いて大騒ぎして、どうにもならないんだから。恋人なんて作れやしない。ぼくは独身で一生を終えることになりそうだ。
「ショートケーキのイチゴはなかなかないでしょうから、ショートケーキの材料はこちらがグランディールの依頼を受けて作ると言うことで用意いたしますけど、フルーツタルトの方はグランディールで材料を用意していただきたいですけど、難しい材料はございまして?」
「ちょっと待ってください」
ぼくは大湯処名物の赤ピンク黄色の
「エキャル、ヒロント長老とクイネの所回って最後にアパルかサージュに」
エキャルは頷くと胸を張って飛ぶ。
とりあえず、畑の長老、グランディールの料理人にこれらの材料が八日後までにグランディールで用意できるかと聞く。出来ないものはアパルかサージュに買ってきてもらうかしようという計画だ。
うん、ベリータルトの材料は滅茶苦茶高いものもそうはない。ベリーの爽やかな色味の乗ったタルトは、さぞ綺麗だろう。
グランディールの民が作ったってことでいいなあ。
エキャルがはたはたと戻ってくる。
「ありがとうエキャル」
封筒から紙を取り出す。
ヒロント長老からは小麦粉は大丈夫と連絡。クイネはラード、卵、蜂蜜は十分に在庫があると言ってくれた。問題はベリーだけど、サージュがいいアイディアを出してくれた。
『子供たちに町外学習と言うことで森に採りに行かせては?』
そう、学問所の未成年の子供たち。彼らに森で食べられる物の勉強として採りに行かせれば? もちろんソルダートかキーパ、あと数人の大人同行が条件だけど。
あと、シートスがスキル「食物保存」そのものを持っていたのも思い出しました。
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