第454話・おもてなし用甘味

 そして、町長や偉いさんを集めたおもてなしは、町を挙げて盛大に行われた。


 急遽傘下になったスラートキーのカノム町長もご機嫌で水場で遊んでいる。その様子をじっと見ているイェルペ副町長……。カノム町長は湯着だけど副町長は上から下まできっちり整った正装で、それが逆に水遊びをするためラフな服を着ている他の町長たちの注目を集めちゃってまあ……。「粋じゃない」とか言われてますよイェルペさ~ん?


 まあこっちはアパルとサージュに任せとけばいい。ぼくはいざって時に挨拶したり笑って差し出された手を握ったりするだけでいいから楽なもんだ。


 それ以外でぼくが考えているのは、九日後に迫ったフォンセのおもてなし。


 正直笑って立ってればみんなでフォローしてくれる今と違って、たった六人で水面下で進行させなきゃなので大変なのだ。


 まずは……。


 ぼくはさりげなくカノム町長の所に近付いた。


「お楽しみいただけていますか、カノム町長」


「まあ、クレー町長! ええ、ええ、楽しんでいますわ! スラートキーも早くこんな感じになればいいんですのに!」


「甘味教室ですが、どのような具合ですか?」


「ええ、ええ、未成年の方から老齢に差し掛かった方まで、皆さま真剣に取り組んでいただいていると講師が申しておりました! 力を入れる所でもくじけたりせず、皆さま未来の甘味職人を目指して真剣に……!」


 ああ、よかった。みんな頑張ってくれているようだ。


「それとは別にお願いがあるのですが」


「何でしょう?」


 小首を傾げて聞くカノム町長。物凄い目でぼくを見るイェルペ副町長。……副町長?


「町長に何の御用でしょう」


「町長に直接頼みたいことがあるだけなのですが」


「それはわたくしを通して……!」


「スラートキーの町長はカノム町長でしょう」


 軽く釘を刺す。


「町長が町長に直接頼みごとをするのに副町長を通すのはおかしいのでは?」


「…………!」


 イェルペ副町長、ちょっと眉をしかめて下がる。それが彼女のめいっぱいの嫌悪の表情だと言うことを多分カノム町長も知っている。


「申し訳ありません、イェルペが……気を悪くなさらないで」


「いえ、副町長が町のことを心配するのは当たり前です。ましてや新参の町長がその間に割って入ろうとしたならば」


「そう言っていただけると嬉しいですわ。それで、あたくしに御用とは?」


 イェルペには絶対バレますわよ、と付け加えるカノム町長。


「いえ、バレても全然構わないのですが」


 小首を傾げるカノム町長。


「九日後に個人的な客人が来るのですが、彼女が甘味が好きなので、生クリームとイチゴを使ったケーキを食べさせたいのですが、まだうちの町民はそれを作るには……」


「それはちょっと難しいですわねえ」


 頬に手を当て考えるカノム町長。


「クレー町長が仰っているのは、多分あたくしが五年ほど前に考案したショートケーキなのでしょうが、ショートケーキというのは、シンプルに見えてなかなか難しい甘味なのですわ」


「どのように?」


「まず、生クリーム」


 ピッとカノム町長が指を一本立てる。


「生クリームは低温で泡立てないといけないのですわ。その為には氷水が必要ですの。これはグランディールならばそう苦労はしないでしょうけれど。それと、泡立てるのに力が必要なのです。これも努力で乗り越えられは出来るでしょうけど」


 それでも九日で人に食べさせるレベルのものは難しいですわね、とカノム町長。


「まず、と言うことは、他にも?」


「ええ。下にスポンジケーキがありますでしょう?」


 スピティでいただいたショートケーキには黄色いスポンジ部分があった。


「あれを均一に焼くには、温度を一定に保たなければならないんですの。……ああでも、グランディールは陶器の町でしたわね。窯で一定の温度を保てるスキルの持ち主がいらっしゃれば、そこは何とかなると思いますわ」


 パッと浮かんだのは、ファヤンス移住組のピェツ・バーケだった。


 スキル「窯師」。最高の温度で陶器を焼き上げるので、ファヤンスから出してもらえなくて鬱屈していた彼なら、スポンジケーキを焼くくらいはできるだろう。


 ただ……やってくれるかなあ。ピェツ、気弱そうな外見で結構頑固だから。同じ境遇だったクイネから頼んでもらおうかなあ。


「あとは、これは甘味ほぼ全体に言えることなのですけれど、保存が難しいのですわ」


「保存?」


「ええ。生クリームやフルーツなどは、温度が上がると途端に痛んでしまうのですわ。水が冷たいままを保てる温度でないと」


 いたかなあそう言うスキルの主……。


「無理でしたら作ってすぐ出すしかありませんわね」


「う~ん」


 作っておいてもたせるのは無理かあ。


「そうですわね、九日後、でしたかしら?」


 唇に指を当て、カノム町長少し考えこんで言った。


「ええ」


「食べていかれるのですか?」


「基本そうなると思いますけど」


「ショートケーキは講師が手本として作りますわ。皆さまには簡単でおもてなしに適した甘味を作って頂いて、ショートケーキの周囲を飾って、それで差し上げれば」

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