第230話・夢と憧れと精霊神

 とりあえずグランディールに合わない点を取り除いて、必要そうなのを付け加えて、明日の本番に備えることになった。


 西の方々が一生懸命広場を磨き上げてくれている。そりゃあもう汚れ一つ見逃さぬ! って感じでピッカピカ。


 明日人が入って出て行ったらどうなるんだろう。人が入るってのは汚れるってことだから、せっかくの白い神殿が(広場と、そこから繋がる通路だけとはいえ)汚れてしまう。……喧嘩にならなきゃいいんだけど。


 不穏な心配をしながら会議堂へ戻る。


 スキルと職は無関係。それがグランディールの町是でぼくの理想だけど、サージュが言うには、理想は達成が難しいから理想と言うらしい。


 うん、実際スキル無関係での就職は難しい。


 スキルは本人の意思とは関係なく、ことになり、そしてことを保証してしまう。


 つまり、スキルと持つ人間と持たない人間が同時に同じ職を希望すると、どうしたってスキル持ちの方が優先される。やる気が同じなら、誰だって上手くなるのが確実なほうを取る。


 スキルというものが全てに影響するこの世界で、スキルを見ずに人を取るのは難しい。


 ぼくだってスキルで町長やってるんだし。


 とは言えスキルで人生全て決められるのも面白くないし。


 そう考えるぼくがいる一方で、「スキル目覚めてから仕事決めよっと」と考えている新成人も多い。


 どうせどんなスキルが目覚めるかも分からないんだし、スキルが確定してからどこ行って何するか決めようってパターン。ぼくもエアヴァクセンに残留さえできればどんなスキルでもよかったし。


 スキルってのは将来の夢が持ちにくい能力。クイネみたく「自分は料理一本で行きたい!」って夢を持つ人は少ないし、その夢が叶う人はもっと少ない。


 ぼくはグランディールに人生捧げるって決めた。そのことを後悔してない。でも町の人たちには、こんなスキルだけどこんなことがやりたかったのに、と思ってほしくない。


 理想と現実って難しいよな。


 他の町に、壮大な野望と言われ、影でこっそり笑われているのは、これなのだ。


 まさに夢物語。


 人が生まれた時から夢を持って生きることが出来ない世界。


 努力や希望や憧れがあまり意味をなさない世界。


 偉大なる存在に対してこんな考えを抱くのは不敬と言われるだろうけど、精霊神は何を考えてこんな世界を作ったんだろうか。


 こんな世界を作るなら、希望とか憧れとか、そういうものが最初からなければいいのに。


 そういう概念があるから苦しむんだから、最初からその概念を取っ払ってくれれば、苦しむ人間は少なくて済んだのに。


 それとも、それを乗り越えろと言うんだろうか。


 スキルなしでも夢を叶えようという努力を覗き見ているんだろうか。


 ぼくに「まちづくり」と言うスキルを与えた理由……ぼくがどんな町を作るかで、人間を試してるんだろうか。


 だとすれば……言っちゃああれだけど、精霊神様、相当性格悪いですよ?


 そう言えば、忙しくて後回しになったけど、スピーア君のこともあった。


 彼は何故グランディールを選んだんだろう。スキル……じゃないな。応用の効く便利スキルは、どこに行っても重宝がられる。スピティでも置いときたかっただろう。フューラー町長も微妙な顔してたし。


 明日もう一度あって、引っ掛かりの理由を探さないと。



     ◇     ◇     ◇



 そんなぼくの物思いも無視して、朝はいつもと同じに来る。


 会議堂のぼく専用の仮眠室、ドアをノックする音で目覚めた。


「んー……?」


 まだ朝の鐘は二つしか鳴ってない。三つ鳴るまで時間は余裕なはずなのに。


 何かトラブル発生?


 と思った途端目が覚める。


 ドアをノックする音は続く。


「何かあった?!」


 ドアを開けると、アナイナがいて、くるりと回転した。スカートがふわりと浮かぶ。


「お兄ちゃん、どう、似合う?」


 白を基調に紫と黄色が配置された、グランディールの正装。


 シエルがいつの間にかデザインして、「グランディールで何かある時はこんな格好を町のみんなで!」と猛烈プッシュしてきて、みんなに聞いてからねと言ったらグランディール町民全員既に了承状態になっていてもう作らなきゃいけない状態になっていた衣装だ。


 仮町民、一般町民、聖職者、有力者でそれぞれデザインが違っていて、ぼくのが一番豪華。……町長だからね? 仕方ないけどね?


 で、アナイナは一般町民の女性用の正装。仮町民は成人式で一般町民用の服を着れる……けど、今回の四人には最初から一般町民。だって、着る機会がない服作ったって仕方ないじゃないか。


「仮町民の服も可愛かったんだけど、一般町民の服がやっぱり大人っぽいなって」


 くるんくるんと回るアナイナ。


「もう着たのか?」


「うん!」


「……一つ聞くけど」


「うん?」


「朝食は?」


「まだ」


「……食べこぼすなよ」


 ハッとアナイナは我に返った。


 朝食を食べれば、当然パンくずとかが落ちる。


「それで正装汚しても知らないよぼくは」


「朝ご飯食べてからもう一回着替えてくる!」


 ダダダーッと走り去っていくアナイナ。


「……嬉し過ぎて忘れてたな」


 アナイナは可愛いく愛嬌があって仕草も愛らしいんだけど、ちょっと食べ方は不慣れ。パンを千切るとパンくずがよく落ちる。それを母さんにちょくちょく叱られてるのをこの兄は知ってるぞ。


 とにかく一度脱いで朝食を食べてから着替えることにしたようで、一安心。


 主役の一人がパンくずだらけの成人式なんて、ちょっとあれだよ、アナイナ。

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