第231話・顔を洗って考える

 アナイナに叩き起こされたので、仕方なく手桶とタオルを持って顔を洗いに行く。


 水路天井の起点である水汲み場に行って、空めがけて噴き上がる水とは別にそこに溜まっている水を手桶に汲んで、顔をバシャバシャする。


 会議堂の中にも水場があるんだけど、ここで顔を洗うのが一番気持ちいい。建物の外だし朝の空気美味しいし。てか会議堂で泊まる人間は大体ここで顔を洗うね。なんていうか、朝一番に水路天井の起点で顔を洗うって上機嫌になれるから。この水汲み場は近所の人も顔を洗いに来ている。使われた水は混じらず別水路を伝って地下の水溜め場に行き……水を浄化し、増やし、再び噴き上げる場所で新鮮な水になって流れに戻ってくる。


 ぼくなしでグランディールが今のように回るようになるのは、いつだろう。


 今回の四人の中に、グランディールに使えるスキルを取得し、そして町の為にそのスキルを使ってくれるという新成人は現れるだろうか。


町長クレー?」


 顔が濡れたまま考え事をしていると、肩を叩かれた。


「え? あ?」


 顔がびしょびしょのまま考え込んでいたのを見たんだろう、サージュが来たみたいだ。


「顔だけ風邪ひくぞ、お前」


 サージュにタオルを奪われて、ごしごしと顔をぬぐわれる。


「子供じゃないんだけど……」


「新成人からやっと新が取れたばかりだろーがお前」


 ごしごしごし、と鼻の頭が赤くなる程こすられた。


「何考えてた」


「んー。特に」


「嘘つけ」


 一言で返された。


「お前は顔を洗いながら考え事をする癖があるのは知っているし、顔を拭かないのはその考え事が収まっていないことを意味する」


「え? ぼくってそうなの?」


「下手したら顔から滴る水で服がべしょべしょになるまで考えている」


「……今まで気付かなかったんだけど」


「伊達にお前の側近と言われるほどにつき歩いていると思うな」


 ぼくをずるずる引っ張りながら、サージュ。


「一年以上一緒にいれば、お前の行動から悩み事を推察することくらい簡単になる」


 ぼくは分かんないのに?!


「「知識」は観察することによってもつちかわれるからな」


 スキルかあ~。


 表情が緩んだ、その瞬間にサージュは言う。


「スキルについて、何か?」


「え? 何も言ってないのに?」


 サージュは真面目な顔でぼくを見た。


「だから言ったろうが。お前、俺が「知識」って言ったのに反応した。「知識」がスキルなら、お前が何かスキルについて悩んでいたんだろうと判断しただけだ」


 ……負けてるな。


 サージュやアパルはぼくの知らないぼくをよく知っている。


 理由は分かる。町長としては半人前のぼくのボロが出ないよう、じっくり観察してるから。


 ぼくが分からないのは、目の前の事態を理解するので精いっぱいで、周りをじっくり観察する余裕がないからだ、とアパルとサージュに言われている。


 町長の仮面をつけてれば、何となく相手の考えとか思惑が分かるんだけど、町長の仮面なしだと相手の思惑とか探ろうとは思ってないからなあ……。アナイナの考えてることくらいなら分かるんだけど、うん、観察大事だね。そしてどんだけ周りを観察してないのぼく。


「で? 何を考えてた?」


「大したことじゃないよ。新成人四人、全員残ってくれるかな、って」


 ずるずると引きずられながら答えると、ぴたりとサージュは止まった。


 そして、こっちを見る。


「お前……」


 はい?


 またずるずる。


「サージュ、何か言いたいんじゃ」


「お前はもっと自信を持て」


 ずーるずーる。


「今のグランディールから出ようという馬鹿はいない」


「いや、そうじゃなくて」


 ぴたり。


「スキルで世界が回ってるって分かってるのに、スキルで職業を選ばないってのはかなり……いや相当なチャレンジだってこと」


「何を今更」


 ずーるずーる。


 だから引っ張らないでって、自分で歩くから。


「難しいって分かっていて言い出したんだろう? それに、自分がスキルで追い出されたから、自分の造る町はスキルで選ばないって決めたんだろう?」


「そうなんだけど」


「不安になってきたか?」


 不安……?


「うん、まあ、そう」


 少し考えてから頷く。


「そうだろうな。町が出来て、成人が出て、成人式をやるようになって。それで町が本格的に動き出して、その先を見るようになって。そして不安になった。そんな所だろう」


 ……反論しません。出来ません。


「不安になって当然だ」


 え?


「……怒らないの?」


「何で」


「気弱になってる暇なんかないって……」


「暇はないけど不安になる気持ちは分かる」


 子供のように手を引かれながら歩いていく。


「もう町に関して何か失敗しても、自分一人が頭を下げれば収まらなくなったからな。町長の失敗は町全体の失敗になるし、町長の悪評は町全体の悪評になる。そんな状態で不安にならないヤツはいない」


会議堂のドアを開けて中に入る。


「ミアストだって今、不安なはずだ。自分の悪評が町の悪評になって、エアヴァクセンの評判は落ちている。いつ何時ランク落ちするか分からない。自分のやらかした失敗で、尊敬する爺さんから継いだ町が潰れようとしているのに、自信いっぱいであれる理由がないだろう」

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