第232話・間もなく成人式

 その頃、スピティに続く街道沿いの安宿。


「ミアスト様~」


 パンとチーズで朝食を取っていたモルが泣きそうな顔でミアストに聞いていた。


「なんでSSランクの町長が、こんな安宿に隠れるように……」


「貴様が悪いんだろうが!」


 ミアストは声を張り上げた。


「前の時は、町中ではなかったがそれなりにいい宿だった……! 貴様がスピティで失敗するから、こんな場所に泊まるしかなかったんだ!」


 ちなみに、二人の泊っている部屋は、街道沿いにある宿としては上等なほうだ。その宿の中でも最上級の宿。たまに身分を隠して旅しているけど、だからこそ宿はちゃんとしたところに泊まりたいという客向けの、鍵までかかる部屋なのだ。


 しかし、SSランクの町長が泊まるには、確かに安宿だ。


「こんなことでわめくなら、最初から貴様を連れてこなければ……!」


「町長! 私は町長の為を思って……!」


「本当に馬鹿だ、貴様は!」


 ミアストは口角に泡をつけて叫んだ。


「こんな場所で、役職で私を呼ぶな! 正体がバレたらどうなるか、貴様は経験済みだろう!」


 モルはハッと顔色を変えて頭を下げた。


「申し訳ありません、……ミアスト様」


「全く、貴様を雇っているのは役に立つからじゃない、目を離すと何をやらかすか分からないからだ……!」


 血を吐くような言葉に、モルは俯く。


「全く……どいつもこいつも……エアヴァクセンを捨てて……!」


「わ、わたしがおります! わたしは最後までエアヴァクセンに……!」


「貴様などいてもいなくても変わらん……いやむしろいるほうが邪魔な害毒だ!」


 そんなぁ、と泣き顔になるモルを捨てて、ミアストは朝食を終えて着替える。


 普通の旅人が着るような服を着る。


 鑑定の町エアヴァクセンであっても、腕のいい鑑定士はなかなか現れない。町に一人、人間の鑑定をできるスキルの持ち主がいればそれだけで同レベルの町より一つ上に見られるのだ。


 グランディールにどんな鑑定師がいるかは分からないが……エアヴァクセンのそれを超えることはないだろう。成人式も大したスキルの持ち主は現れないだろう。まだ出来たばかりの町がいきなりそんなことになるはずがない。


 それを確認するために、わざわざエアヴァクセンから馬に乗ってやってきたのだ。


 嘲笑ってやるために。そしてランクが欲しいならエアヴァクセンに取り込まれろと誘ってやるために。


 あの子供の心底絶望する表情を見てやるために。


「さっさと準備しろ!」


 ひっくひっくとしゃくりあげているモルに声をぶつけて、ミアストは髪を手櫛で整えていた。



     ◇     ◇     ◇



 ぼくは朝食を食べ終え、服を着替えて、クイネのスキルで髪と目の色を変えられた。


 シエルに髪を整えられ、しかも薄くではあるけれど化粧までさせられた。


 そこまでする必要があるのか? と聞いたけど、遠くから見て顔色が悪く思われたらそれだけで悪印象だと返されてしまった。


「袖で顔拭いたりするなよ」


 顔に何か塗っているのが違和感で、手がソワソワしているのを見つけられ、あっさりと言われた。


「嫌だよこれ」


「文句言わない」


 げっそりしているヴァローレにまで言われてしまった。


「ヴァローレはいいじゃないか、化粧しないんだから」


 ヴァローレも同じ衣装だけど、特別につけられたフードを被ることになっている。人間まで鑑定できる鑑定士だとバレたら絶対スカウトマンが押し寄せる、その対策だ。ついでに鑑定式が終わった後、ヴァローレと新成人はまず神殿に行くことになっている。町の人間には神殿に祈りを捧げ、スキルの詳しい説明を受けると言ってあるけど、実際はスカウトマン対策だ。シエルが全員同じようなデザインの服を着せたのもそれ。


 スピティの成人式で分かったのは、スカウトマンはスカウトする相手の顔じゃなくて服を見てるってこと。服の方が特徴を覚えやすいのだ。だから、シエルがぼくの許可を取る前に準備してあとは返事するしかない状況に持ち込んだ「誰がこんなお仕着せを着るの」と疑問だった正装が成人式の服装に決まった。みんな同じ服着てればまず見分け付かない! 新成人も一回引っ込めて町民の中に混ぜ込んでしまえば見分け付く人間は少ないはず。


 町長とかは一目で分かるけどね。服だけじゃなくて髪と目の色で分かるけどね!


「はいよし。男前だぞ町長」


「本当に?」


 疑問形で返したぼくに、シエルは笑顔で応える。


「もっとしっかりはっきりメイクしてやってもいいんだぞ」


「……勘弁してください」


 これ以上顔に何かついたら顔が気になって成人式どころじゃなくなってしまう。


「じゃあ、神殿に行くぞ」



 門と神殿を繋ぐ通路の隙間から下を見下ろすと、上昇環のある辺りに大勢の人が詰め掛けていた。


「結構いるな」


「はい。しかし少しずつしか来れないので、対処に困ることはないかと」


 生真面目なファンテが答える。


「安心しろ、変な連中は絶対通さねえよ」


 今回はこっちに置かれたソルダートが胸を張る。


「出身の町で見て、エアヴァクセンが来たら要警戒、でいいの?」


「うん、頼むよシー」


「任せて。町長をそこまで困らせるエアヴァクセンの人間は一歩たりとも入れないわ」


 頼もしい言葉を聞いて頷き、ぼくは待機場所である神殿へ向かった。


 もう少ししたら賓客を入れる時間、その後は一般客を入れる時間。

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