第39話・なんで?!

 すぅ、と音もなく浮上するグランディール。


 いつの間にか町民が門のところに集まって、外の景色を見に来てた。


「あんまり前出過ぎないでね。危ないから」


 特に子供が身を乗り出すので、一応危険喚起。


「うわ、本当に飛ぶんだ」


「こりゃすごいわ」


「どっちの方向に移動すればいいと思う? スピティから遠ざかる感じがいい?」


「ちょっと待て」


 サージュが「知識」でこの辺りの情報を手に入れているらしく、しばらく眉間やこめかみに指を当てて目を閉じていたけれど。


「もう少し南西に下ろう。ヒゥウォーンから離れる感じで」


 ヒゥウォーンはグランディール(元)停泊地から一番近いCランクの町。ぼくたちがそこへ向かっているように見せかけた所だ。


「リュー」


「はいっす」


 呼ばれて出てきたリュー。


「場所の特定っすね?」


「この辺り」


 サージュが地図で目的地を指す。


「任せるっす」


 地図に指を当て、目を閉じて集中。


「何もないっすね。ここを目的地に移動っすか?」


「町長、リューのスキルに合わせることは?」


 ……あー。


 二人以上の人間がスキルを組み合わせて何かすることを「スキル合わせ」という。リューが「場所特定」で確認した場所にアレが「移動」するっていうのが合わせ。これが使えるようになるとスキルの使い幅がより一層広がるので、「合わせ」やすいスキルの持ち主は結構ありがたがられる。


 で、もちろんぼくはスキル合わせなんてやったことがない。そもそもこのスキル、誰かに合わせられるのか? 移動手段だけでも大変そうな気が……。


「簡単簡単」


 アレがあっさりと言ってくれる。


「イメージだよ。リューの頭の中の地図を覗いて、そこに行くって感じ。リューのスキルは合わせやすいから、ここで覚えとけ」


 んなこと言われても。


 困り果ててるぼくに、リューは笑う。


「じゃあ、俺が頭の中でこの地図を広げてるってイメージしてみてくださいっす」


 イメージね。うん、イメージ。


「で、頭の中で見ている地図が拡大されているって思ってくださいっす」


 イメージ……ねえ。


 おお?


 言われた通りやってみると、頭の中のリューが見ている地図がぐんっと大きくなった。


「で、俺が「ここ」って思ってるとこ。分かるっすか?」


 分かる。何となくだけど。地図の一点にリューが集中しているのがわかる。


「そこまでできたらあとは簡単。そこへ「行く」。そう思うだけっす」


 ……行く!


 すぅっと滑るようにグランディールは移動を始めた。


「すごい……!」


 ぼくが何も思わなくても、リューの「場所特定」した場所に向かって移動していく。まさかこのスキルで「合わせ」ができるとは。


「移動とかは合わせられるな」


「え、グランディールを「移動」?」


 アパルの言葉にアレが目を剥く。


「違う違う、スキル「移動」じゃなくて、普通にグランディールが動くこと」


「よかった……オレのスキルで「移動」しろって言ってるかと……」


「そんな無茶は言わないよ」


 ぼくもさすがに笑う。


「これで二ヶ月は安心、と」


「何で二ヶ月」


「トラトーレに商品を納めてデレカートに注文聞きに行くのは当然二ヶ月後でしょ?」


 疑問形のソルダートに言葉を返す。


「ああ、その時は町長が下に行かなきゃならないんだ」


「そう。当然あの女もそれを知っているだろうから、スピティに待機してるだろうね。アレと……今度はリューにも来てもらったほうがいいかな」


「買い付けのお供っすか? やるっすやるっす!」


「素晴らしい!」


 その唐突な声に、ぼくは硬直した。


 アパルを見て、サージュを見て、アレを見る。


 三人とも硬直している。


 そう。聞こえた声は。


「空を飛ぶなんて! さすがは我が君の町! 素晴らしい!」


「なんで……ここに……」


 アレが絶望すら宿した目で、相手を見る。


「ああ……想像していたよりずっと素晴らしい。空を飛ぶなんて! なんて我が君に相応しい町なのでしょう!」


 女騎士が興奮で叫んでいた。



「どうやってここに来た」


 サージュが問い詰める。


「どうやってここに来た!」


「我が君の町民としてその言い方は相応しくない」


 つん、とそっぽを向いて、女騎士(名前忘れた)は勝手なことを言う。


「我が君に仕えるならば、もっと丁寧な言葉遣いを……」


「ぼくはあなたを雇ったわけじゃない。むしろあなたが勝手に入ってきてぼくの町民に失礼な言葉を使っている」


 頭の中が真っ白になって、逆に冷えてきた。


 言葉が冷たくなるのを抑えられない。


「ぼくの町民に失礼なことを言うなら、ぼくは門から今すぐあなたを叩き出す。それでもいいなら失礼な物言いを続ければいい」


「わっ、わたくしは、我が君の御為と思って……!」


 ぼくがチラッと町民の一人に目を向ける。


 大きく頷いてずんずんと前に出てきた巨漢は、後ろから女騎士の革鎧を掴むと、ずんずんと門の方へ向かう。


 そして、門からブラーンと猫の子供みたいに女騎士を突き出す。


「ひ!」


「もう一度だけ言う。ぼくの町民に失礼な口をきくな」


「町長……」


「クレー兄ちゃん……」


「お兄ちゃん……」


 背後から涙ぐんだような声。


 ごめんね、怖い思いさせて。でも、許せないんだ。必死で生きてきて、ここで新たな人生を始めた人たちを侮辱した、この女騎士を。


 「怪力」ミュースがしっかり掴んでいるので、暴れなければ落ちることはない。だけど、足元には地面はない。ミュースの気が向けば、遥か地上へ真っ逆さま。


「も、申し訳ありません我が君! 我が君がそこまで寛容だとは思いも至らず!」


「失礼な言動はしないね?」


「はっ、はいぃ!」


「ミュース」


 ミュースは一歩回れ右して、地面に女騎士を下ろした。

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