第40話・我が君

 地面におろされた女はへなへなと座り込む。


「うう……我が君……我が君ィ……」


「あと、ぼくのことを我が君とか言うのも禁止」


 絶望的な顔をしてぼくを見上げても、彼女が可哀想だとか、そういう考えはちっとも浮かばなかった。


「ぼくは誰かに忠誠を誓われるような人間じゃない」


「そんな! 我が君はわたくしが唯一の主君と認めた御方! その御方が……!」


「グランディールなら入れてくれると思ったんだろ?」


 我ながら冷ややかな声だ。


「新しい、だけどSランクの町に認められた町。そこなら、自分が入り込めると思ったんだろう?」


「いえ、いえ、決して、そのような」


「残念ながら」


 ぼくはミュースを後ろに従えて、言った。


「君は言ったよね。『新しい町には町民の見本となる騎士が必要』と」


「は、はい! お任せいただければ、全ての町民を我が君の御為に働く忠義深く誇り高い、この町に相応しい人間へと……!」


「それがいらないんだ」


「え」


 ポカンとする女騎士に、ぼくは、面倒くさいけど、言ってやった。


「スキルも、レベルも。この町には関係ない。町が必要で、他のみんなとも仲良くやっていけるなら、それが町民になる資格だ。全町民がぼくの為に忠義深く働く町? そんな町いらない。君は、君の思い込みで町民を改造しようとしているだけだ。ぼくはそんなの望んでいない。今の、わちゃわちゃしてるけどいざって時はこうやって駆けつけてくれるみんなのままでいい。いや、みんなのままがいい。君にしつけられていう通りに動くだけの町は町じゃない。牢獄だ」


「町長」


「おう、俺も今のままがいい」


「ここでなら、穏やかに暮らしていけると思う……!」


 町民の同意。


「我が……君……」


「そして次はぼくからの質問だ。……どうやってグランディールに来た? この宙を移動する町には、ぼくが許可を出した以外にはスキルか飛空獣しか来られないはず。なのになぜ、君はしれっとここにいる? 言葉を交わしたのはサージュだけだったはずなんだけど?」


 う、と女騎士は言葉に詰まった。


 そして。


「申し訳ありません!」


 またまた頭を下げた。


「わたくしの「追跡」発言条件は言葉を交わすこと。それはつまり、わたくしが言葉を発し、それに反応した言葉が出れば条件は満たされるのです」


 ん?


 女騎士と初めて出会った時の記憶を掘り出す。



 スピティのデレカート商会の、牛車を停めていた小広場。


『いえ! わたくしはグランディールの騎士になると決めたのです!』


『勝手に決められても困る』


『突然に押しかけて騎士にしてくれと言われても……』



「私かっ?!」


 アパルが叫んだ。


「あの時、この女の言葉に呟いた独り言……あれか?!」


 ぼくがチラリと女騎士に視線を送ると、女騎士はキラキラ度も薄れた感じでへにゃんと頷いた。


「一度牛車ごと消えられて、移動関係のスキル持ちがいると確信しておりました。ならばその後牛車が向かう先もフェイク……。わたくしを完全に撒いたと思わぬ限りグランディールに戻るまいと確信しておりました故……。十分な時間を取って「追跡」致しました……」


「とんだストーカーだな」


 ヴァダーが呆れたように呟いた。


「ストーカーなどと! わたくしは、我が君の御為を思い!」


「その御為が間違ってんだよ」


 シエル参戦。


「さっきの話、聞かなかったのか? うちの町長は出自も過去も問わない、ただ町に溶け込める人間であればいい。そして変わる必要もない。ただそのままであればいい。そういう人間が作った街だ。あんたはその町を思い込みで捻じ曲げようとしてる。そりゃ町長が怒るのも当たり前だ」


「わたくしが……我が君を……?」


 さらにサージュが畳みかける。


「『スキルも、レベルも、関係ない。みんなが笑って過ごせる町』。それが町長に町の在り様を聞いた時、町長が答えた言葉だ。貴女が変えようとしている町に、町民が笑い合えるスペースはあるか? ……ないだろう」


 女騎士はますます項垂うなだれる。


「つまり、用無し」


 マンジェがとどめを刺す。


「うわ……うわあ~ん!」


 女騎士が号泣した。


「わたくし……わたくしはただ、理想の町にしたいと……!」


「あんたの理想とおれたちの理想とは、違うんだよ。諦めるんだな」


「んー、でもさあ、ちょっとまずくない?」


「アナイナ?」


 唐突に口をはさんできたアナイナに、町民全員の視線が向く。


「この人に、町が飛ぶところ、見られちゃったんでしょ?」


 ……確かにそりゃまずいな。まだこの町のことは知られない方がいい。


「……この女騎士を放り出すと、そのことが知られる?」


 がっくり項垂れている女騎士とアナイナを交互に見る。


「わたくしは……わたくしは……」


「わたしが見張るから、この人は町から出さない方がいいよ。スピティの町からついてきたなら、この人がお兄ちゃんたちの後を追って言ったことを知ってる人だっているだろうし、帰ってきたらどんな町だったって聞かれることもあるだろうし」


「……そうだな」


「仕方ないか」


 ぼくは大きなため息を吐いた。


「君の身柄はアナイナに預ける。騎士じゃない。町民として。一切の特別はない」


「それで! それで結構です、寛大なる我が君……!」


 キラキラを一気に取り戻した女騎士は、片膝をつき、胸に手を当てた。


「このヴァリエ・ヴァンデラー、一命を賭してお仕えいたします!」


 だから。仕えなくていいって。


 ……あと、ヴァリエって名前だったんだっけ。忘れてたよ。

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