第38話・手の届かないところへ

 グランディールの門前で、ぼくらはしばらくあちこちきょろきょろ見回していた。


「お帰り……何してんだ?」


 門番をしていたソルダートが不思議そうに聞く。


「いや、ちょっと」


 しばらく、警戒してきょろきょろ。


「……何してんのか、もう一回聞いていいか?」


「いや……根性有り余ってるストーカーがな」


「そんなのがいるのか?」


「いるんだ」


「あんな厄介なヤツがいるなんて」


 アレが幌から頭を出して、外の空気を吸いながら呟く。


「くっそう……低上限スキルだから、レベルを上げて振り切ることはできないし……!」


「無茶しなくていいよ、アレ」


 解放されたのを確認して、ほっと息を吐く。


「会話もしていないし、今度こそ振り切れた、よね?」


「多分、な」


「ストーカーってのはエアヴァクセンかスピティの追手か?! なら任せろ、俺様が……!」


「いや、グランディールの騎士になりたいって言うストーカー女」


「騎士?」


 ソルダートが目を丸くする。


「絶滅モンの生き物がここに来るとはなあ……。町の誉れって言うんじゃねぇの?」


「ならないならない。自分が町の代表になろうっていう感覚だから」


「なんだそれ」


「自分が町民の見本になって、町に相応しい町民にするって」


「うえ」


 酸っぱい顔のソルダート。


「そりゃ、そんな考えで来られたら困るわ」


 俺様、戦闘スキルあるけど騎士はなあ、と唸る。


「騎士ってやっぱ強いイメージある?」


「あるな。昔の戦の華っちゃ騎士の特攻だからな。国を守る騎士が王の危機に己の命と引き換えに……っての、吟遊詩人辺りのサーガで聞いたことね?」


「……あるようなないような」


「俺様みたいな戦闘スキル持ちは騎士に憧れるよ。たった一人と見定めた相手に忠誠を誓い、何処までも何処までも全力で仕え通すなんてな」


「そうなんだ」


「ちなみにその放浪の騎士ってのはどんな奴だった?」


「銀色のきらきらした髪の女」


「美人か?」


「歳は分からないし聞いてないけど……三十は行ってない。でも美人って感じじゃなかった。何ていうか……子供っぽいというか……」


「少なくとも町長よりは年上だな。イメージは……そうだな、アナイナを丁寧且つ派手にした感じだ」


「ごめん俺様それ無理」


「何が無理なのー?」


 ソルダートがゲ、と顔を歪めると同時に斜めになった。


「いでででで」


「わたしが無理ってどういう視点でー?」


「そういう、人の耳をすぐ引っ張るところだ!」


「アナイナ!」


 ぼくが叱るとアナイナは渋々ソルダートの耳から手を離した。


「自分より年下の町民もいるんだから、年上らしい振舞いも覚えろって言っただろ?」


「振舞ってるよ。子ども扱いする大人の征伐」


「間違ってる間違ってる! ぼくが言いたかったのは子供たちにいいお姉さんでいることだ!」


「大丈夫、その点はお兄ちゃんを参考にしてるから」


 ……何をどうすれば大丈夫になるんだろう?


「話がずれてる。今はとりあえずあの女に見つかる可能性を減らすことだ」


「あの勘違い騎士が野生の勘で追いかけてくる前に逃げたほうがいいと思うね」


「あの女……? 勘違い騎士……?」


 アパルとサージュの顔を見て、アナイナは顔を真っ赤にした。


「お兄ちゃん! 何処で女の人なんか引っ掛けたの!」


「引っ掛けたのって、言い方! あと、ぼくは引っ掛けても騙しても何もしてない! あの女騎士が勝手についてきて町まで来そうになったから全力で撒いただけ!」


 アナイナは疑わし気にぼくを見ていたけど。


「ま、今日の所はこのくらいにしとくか」


 ……このくらいって、その更に上があるってことだよな、妹?


「とにかく牛車を入れるぞ」


「アナイナ、頼みがあるんだけど」


「何?」


 花開くように笑うアナイナ。……うん、あの女騎士と印象が近いんだ、やっぱり。


「子供は牧草地?」


「うん、追いかけっこしてる」


「その子たちを連れてきて。あとフレディに頼んで家畜も小屋に」


「……何するの?」


「そのストーカー騎士が来る前の場所移動」


「飛ぶのね?」


 アナイナは目をキラキラさせる。……このキラキラが共通点か。


「分かった、すぐに言ってくる!」


「……女一人に大げさじゃね?」


「あいつをただの女と思わないほうがいい。厄介なスキル付きの要注意危険人物だ」


 ソルダートの言葉を、アレが訂正する。


「厄介なスキル?」


「一度言葉を交わした相手が何処にいようと「移動」してその傍に現われる「追跡」。俺の「移動」についてきた。幸いなことに一度「移動」したらもう一度言葉を交わさないとついてこれないってんで、それを利用して振り切ったんだけど」


「……厄介だな」


「厄介なんだ。しかも思い込みも激しそうと来た。出来るだけ距離を取らないと」


「お兄ちゃん! 子供みんな親御さんの所に送ってきた!」


 一度決めたら動きの速いアナイナが、走って戻ってくる。


「フレディさんも家畜全部小屋に入れたよ。ついでにヒロント長老からみんなにも伝えた」


「よし。……グランディール、浮上!」


 地面が持ち上がる感覚がして、グランディール……二ヶ月前にここに来た時より大きくなった町は、ゆっくりと真上に向かって浮上した。

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