第37話・逃げ切れ逃げ切れ

「我が君、やっと追いつけた……!」


 銀のきらきら髪を振り乱し、ヴァリエとか言った女騎士は牛車の前に膝をつく。


「んな、馬鹿なっ」


 アレが起き上がろうとして、また寝込む。


「無理するなアレ」


 風を送っていた帽子を慌てて被り直し、アレの様子を伺って、女騎士を無視。


 無視された女騎士はあわあわとなりながら言葉を紡ぐ。


「失礼しました、我が君の御許可も得ずにスキルを使うなど! しかしここでスキルを使わねば我が君には一生追いつけないと思い、つい……! 申し訳ありません! わたくしのスキルは「追跡」、最後に言葉を交わした相手ならば、何処にいようと転移して追いつけるのです! 一度「追跡」したら言葉を交わし直さなければなりませんが!」


「…………!」


 アレは悔しい顔をした。自分の「移動」で、逃げ切ったと思ったのに、と。


「アレのせいじゃない」


「……俺のせいだな」


 ぼそっとサージュが呟いた。


迂闊うかつに会話してしまった俺のせいだ。申し訳ない」


「いや、悪いのはあのひと


 自分が悪い合戦が始まりそうだったので、ぼくは責任を膝をついて頭を下げている女騎士に向けた。


「騎士を雇う気はないって言ったのに、スキルまで使ってこんなところまで勝手についてきたあのひとが悪い」


「我が君!」


 女騎士は泣きそうな顔でぼくに訴えた。


「貴方はわたくしが唯一の君と見定めた御方! そのような冷たいことを仰らずとも! ……いえ、それより、わたくしめに直々にお言葉をかけていただけませんか! わたくしは我が君の騎士! 我が君の御命令ならば如何様いかようなことにも応じます!」


 ぼくは女騎士の方を向かない。サージュも向かない。アパルもアレも声をかけようとしない。


 ネタは割れた。わざわざ彼女自身が説明してくれたおかげで。


 スピティでサージュと会話して、それから誰とも喋らず牛車の後を追いかけ、そして牛車ごと「移動」したサージュを「追跡」した。


 今ぼくの言葉を引き出そうとしているのも、それによって再びの「追跡」をするのを可能としたいんだろう。


 だから。


「行くよ」


 ぼくはサージュに声をかけた。


「はい」


 サージュは興奮冷めやらぬ牛を東の方へ向ける。


「アレ、「移動」次使えるのはいつ頃?」


 今度は小声でアレに。


「……一刻」


 アレのスキル「移動」は、距離はかなりのものを稼げるけど、連続しては使えない。クールダウンが必要となるとかで。


 牛車を走らせた状態での「移動」はかなりの無茶技だったらしい。いつもなら半刻休んで戻るのに、その倍の時間がかかるなんて。


 アパルとサージュに視線を送ると、二人も頷いた。


 牛車でグランディールから離れ、十分に距離を稼いでから「移動」。確かこの辺にはCランクの町ヒゥウォーンがあったはず。そっちの方に誘導しよう。



     ◇     ◇     ◇



「我が君、我が君」


 牛車を進ませるぼくたちに、女騎士は駆け足でついてくる。


「どうか……どうかお言葉を」


 ここまでしつこい人間に初めて会った。



 アナイナのお節介とお転婆てんばには手を焼いたけど、女騎士はそれ以上だ。


 てか、なんでぼくに目を付けた?


 Sランクの町スピティなら、デレカートやトラトーレ、その他ギルドや商会長、町長など、仕える相手はり取り見取みどりだろうに。


 そこで認められた町長だから目を付けた?


 だからって。ランクすら知られていない謎の町。一番取引のあるスピティだって、普通の人からすれば「あの二大商会が家具を奪い合った町」程度にしか知られていないのに、どうしてその町長に忠誠を誓おうと思い込める?


 ……どんな人間でも町に受け入れる、そう言ったのはぼくだ。だけど、悪意や何らかの思惑を持って入ってくる人間は無理だ。今のグランディールにそんなたくらみを受け入れる余裕はない。


「お待ちを、我が君、どうか!」


 だからガン無視。会話が成立するとアウトだから、「うるさい」とも言えない。


「わたくしの何がいけないのですか? 新しい町には騎士が必要でしょう、町民の見本となる騎士が!」


 あ。これ、会った時にアパルが言っていた通りの騎士だ。周りに沿うのではなくて周りを無理やり自分に合わせさせるタイプ。


 よしダメ。アウト。


 エアヴァクセンとスピティで危ういながら何とか平和な関係を保っているのに、ここにあの騎士をぶっこむ。


 これはアウトだアウト。


 グランディールの町長としては認められんわ、これ。


 アレが何とか呼吸を整えている。次の「移動」こそ失敗させてなるかと覚悟を決めて。


 サージュは黙々と牛車を動かし、アパルは幌の影からチラリと女騎士を見て、頭をひっこめる。


「大丈夫かな」


 アパルに小声で聞く。


「ここはグランディールから徒歩で二日。しかもどちらの方向に行ったかが分からなければ、撒くことも出来る」


「撒けると思うけど……グランディール、しばらく浮かせておいたほうがいいかも」


 小声での答えに、更に小声での提案。


「そこまでする必要が?」


「だって、あのひと、絶対諦め悪いよ? 二ヶ月でも追ってきそうだ」


「……そうだね、グランディール自体を動かしたほうがいいかもしれない」


その時、ゆっくりとアレが体を起こした。


 アパルはチラリと外を見て、女騎士が幌の中まで見えないような距離を保っていることを確認、アレに問いかける。


「行けるかい?」


「大丈夫、今度こそ」


「無茶は禁物だ、行けるようになるまで休んでも」


「これ以上あの女に付きまとわれると貧乏神に憑かれた気分になってきて嫌なんだ、オレも」


 牛車を早足で進ませるサージュも、その声が聞こえていたよう。


「もうすぐ曲がり角だ。女の姿が見えなくなったら、停めるから」


「停めなくても」


「確実にしたい」


 アレは少し落ち込んだように俯いていたけど。


「分かった」


 がらがらがら、と音が響き、牛は早足で曲がり角を曲がる。


「アパル、合図を」


 アパルは幌の影から外を見て、曲がり角に入って木々に邪魔されて見えなくなっていく女騎士を確認。


「今!」


 サージュは牛を無理やり止める。


「「移動」!」


 今度こそ。


 牛車は女騎士の目の前から姿を消したと思うだろう。

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