第36話・迫る厄介者

 入口へ向かうと、先回りして入り口前に止められていた牛車が待っていて、それに乗り込んで、ぼくらはさっさと出発することにした。


 町に必要なものは、トラトーレ商会が代理として買い込んで、牛車に積んである。親切なことで。


 町が見えなくなって、サージュがぼくに尋ねる。


「どうして、この仕事を受けたんだ?」


「どうしてって」


 藪から棒に言われても。


「相手の注文は滅茶苦茶で、トラトーレも引き受けなくてもいいと臭わせていた。そんな仕事を何故」


 んー。


「トラトーレさんが困ってたのが分かったから、かな」


 ガラガラと車輪の回る音を聞きながら、ぼくは答える。


「無茶な注文だとは、ぼくも思った」


 がったんがったん揺れながら、舌をかまないように気を付けて。


「トラトーレさんとしてもぼくたちにはさせたくないようだった。だけど、断れない相手だからどうしようって感じもだったし。で、ぼくらは先にデレカートを選んでるっていう負い目もある。受けた方がトラトーレさんの方も先方に言い訳ができるし、何があっても取引は続けてくれるってはっきり言ったから」


「なるほど、ね。君なりに考えていたわけだ」


 アパルが腕を組む。


「そりゃ一応考えるよ。お飾りでも町長だから」


「後は食事作法だけだな」


「やめて、ご飯が美味しくなくなる」


 と、耳に入った音。


 いや、声?


「……を!」


 聞き覚えのある高い声。


「お……ちを……お待ちを!」


「げ」


 ぼくが思わず声を出し、サージュとアパルはぼくの荷物の隙間に押し込んで幌から後ろを見る。


 きらきら銀色が街道をこっちに向かって接近してきている。


「あの放浪騎士……ついてきたのか?!」


「アレ! もっと早くできないか?!」


「無茶言うな馬車じゃあるまいし!」


「お待ちを……我が君……お待ちを!」


「おい、もう主君を決めてるみたいだぞ」


「誰も許可出してない!」


 アレが牛車の進みを早くする。


 向こうは徒歩かち。こっちは牛車。元野生の突進力に自信がある牛二頭立てとは言え、荷物と人四人を積んでいる。そんなにスピードは出ない。


「あの騎士を連れて行ったほうがいいと思う人」


 ぼくが見回すと、ぼく含め誰一人として手をあげない。


「ここで撒いたほうがいいと思う人」


 牛車のスピードを上げるので四苦八苦しているアレも含めて全員手をあげる。


「よし、逃げよう」


「アレ、街道の分かれ道で、左に曲がる森を突っ切るルートに!」


「はいよおっ!」


 サージュの言いたいことに思い至ったのか、アレは手綱を操って牛を左に向けた。


 がたごとがたごとと牛車は森の中に突っ込んでいく。


「お待ちを……今しばらくお待ちを、我が君、どうかわたくしに謁見の機会を!」


 女騎士は近付いてきていたけど、牛車は完全に森の中に入り、あの女騎士の視界から完全に姿を消す。


「アレ!」


「任せとけ、「移動」ぉっ!」


 途端、景色がパッと変わった。


 グランフィール停泊地のすぐ近くの街道に。


 景色が変わったのも気にしない牛たちをアレがなだめてスピードを落とす。


「あっちには牛車が突然姿を消したとしか見えないだろう」


 アパルが服の胸元を摘まんで空気を入れながら呟く。


「なかなかに根性がある女だったな。……ヴァリエ、とか言ったか」


「サージュ、よく覚えてるね。ぼくは女騎士としか覚えてなかった」


「はーっ……はーっ……」


 牛が落ち着いて、アレが御者台にひっくり返った。


「アレ!」


「あー? ……あー、大丈夫……動いているものを「移動」させると、ちっと負担が大きいだけだから……」


「一度牛車を止めればよかったのに!」


「それじゃああの女に追いつかれてたよ……顔も見たこともない相手を我が君なんて呼べる強心臓の女に……」


「アレ、変わる」


 サージュが御者台に乗り、アレを幌の中に入れる。


「……ありがたい」


 アパルとぼくで荷物をおしのけてアレが横になれるスペースを作り、アレはそこにごろんと横になった。


「きっつ……」


「ご苦労様」


 帽子を外して、アレに風を送ってあげる。


「あー助かるー……」


「無茶させてゴメン」


「いいっていいって」


 微かに回っている目でアレは笑った。


「スピティでもなかったオレに、スキルがあるとはいえ、こんな重要な役目任せてくれたんだ、無茶の一つや二つ、屁でもないさ」


 アレ……。


 以前ヴァダーと話したことを思い出す。


「気にしてたの?」


「気になるだろ……エアヴァクセン出身の高レベル連中ばっかりなんだから……オレなんて特に低レベルだし……」


 でも、とアレは笑う。


「低上限レベルスキルって教えてもらって……グランディールでも役立てるって教えてもらって……こんな重要な役目まで任せてくれるんだから……そりゃ張り切るだろ」


「気にしなくていいのに」


 風を送りながらぼくが呟く。


「いいの。オレはお前の役に立ちたかっただけだから」


「グランディールからは少しずれたな」


 サージュが外を見て呟いた。


「悪い、移動しながらでリューの「場所特定」もないと到着点も少しずれたりする」


「いや、焦らせたのはこっちだし、あの女からも逃げたんだから大丈夫だ」


 知ってる場所だしね、とアパルは笑って牛を動かす。


 その時。


「我が君!」


 げ?!


 この……声ッ?!

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