第35話・厄介な取引
そのままトラトーレ商会へ向かう。
牛車は揺れながら舗装された表通りを行く。
牛車は馬車と比べるとパワーはあってもスピードはないので、舗装された道では邪魔に思われることもあるけれど、そこはそれ、デレカートとトラトーレに認められた気鋭の町の牛車だって示す幌のグリフォンの紋章を見れば、道を譲ってくれる。幌の影から見ていると、「ああ、あの二大商会を落とした……」と覗き見ようとする人だっている。こっちは顔が見られないよう帽子まで被って正体隠し。
トラトーレ商会の前に牛車をつけると、案内人がぼくたちに恭しく頭を下げてぼくを下ろすのを手伝った。使用人がアレに合図して牛車を停める場所に連れていく。
「任せたぞ」
「はいよお」
アレはのんびり返事して牛車を移動させる。
トラトーレの執務室に入れられる。
「こちらの無茶な要求に答えてもらい、ありがとうございます」
恭しく頭を下げるアパルに、灰色の髪のおじさんは笑顔で応える。
「いやいや、デレカートに奪われたと思い、がっかりしていたのですよ」
トラトーレは笑う。
「そこへあの書状。神は私を見捨てていなかったと感動しましたね。例え四ヶ月に一つでも、欲しがる者は大勢いますよ。事実、あのタンス! あれだけを見にしばらく行列ができましたからな!」
「それは良かった」
アパルが如才なく笑う。
「早速、注文なのですが……西のメァーナスを御存知で?」
「SSランクの芸術の町、最も華やかなる町、ですね」
「ええ、その町の俳優、ピーラー・シャオシュ氏が、一ヶ月ほど前、ここを訪れましてな。是非ともグランディールの家具を手に入れたいとこちらに打診してきたのですが……」
ぼくの顔の筋肉が、無意識の内に微かに動いた。
ピーラー・シャオシュと言えば、エアヴァクセンにまで名前が知られている俳優。演技が上手くて、メァーナスで一番のお金持ちで色男だって話。
「どのような依頼で?」
「こちらです」
トラトーレが差し出した設計図に描かれていたのは、人が三人くらい並んで眠れるような巨大なベッドだった。
「大きいですね」
アパルが見て、少し考える。
「このサイズでは部屋のドアは入らないでしょう。中で組み立てるしか……」
「現物を寄越してくれればそれに合わせて別荘を建てるそうです」
「……家具に合わせて別荘を作ると?」
「はい」
「つまり、ベッドのイメージから別荘を設計すると」
アパルとサージュは顔を見合わせる。
ぼくは家を作ったことはないけど(グランディールの家は勝手に生えたから例外)、どうもトラトーレの言い分ではベッドの出来上がりを見て別荘を作るって話らしいし。
「責任重大ですね」
「ええ。気に入られればグランディールの名は更に更に高まり、そちらが手に入れるものも大きくなるでしょう。しかし、気に入られなければ」
トラトーレは一旦言葉を切って、そして言った。
「評判は地に落ちる」
一瞬深刻な顔をしたトラトーレは、しかし、と笑い返す。
「あのタンスを作れたグランディールの町スキルならば、必ずや出来上がると私は確信しておりますよ。例え気に入られなかったとしても、手に入れたいと思う者は出て来るでしょうな」
「出てきますかねえ……」
アパルの呟きの意味をぼくは分かった。
ベッドが大きすぎて、普通の家じゃ入らない。入る部屋があったとしても、まず壁に穴をあけないとベッドが入らない。そこまでして欲しいという人間がいるだろうか?
「ええ。一応ピーラー氏には断られる可能性もありますよ、と伝えてあります」
チラリ、とサージュが視線を送ってくる。
ぼくに判断を任せる、というんだろう。
ベッドを作って売れなかったら。
まあ町の名は少し落ちるだろう。しかし町スキルで作るので、製作費はかからない。スピティまで持っていくのは骨だけど、売れずに引き取り手がいなくても持ち帰ってどこかの家の部屋に入れておけばいい。
ぼくはチラリとサージュに視線を送り返した。
「……分かりました」
サージュがぼくの意を酌んで頷く。
「引き受けましょう」
「おお」
トラトーレが声をあげた。
「引き受けてくださるか!」
「町長が頷いたならば、我々は従うのみ」
「二ヶ月でできるかは分かりませんが、トラトーレ商会長殿も引き受けざるを得なかった状況でしょう。ここは我々が泥を被りましょう」
「……申し訳ない」
それまでの商売用スマイルを消して、トラトーレは深々と頭を下げた。
「売り出し中の新人に任せるような仕事ではないのは百も承知。それが才能あるというならば余計に。ピーラー氏は俳優としては超一流なのですが……」
「金の使い方は間違っていて、人を育てるには向いていないと」
「はあ……」
……よくわからん。
「このベッドも、愛人と一緒に、という使い道でしょうな」
トラトーレ商会長は苦笑い。
「この取引が失敗したとしても、グランディールと当商会との取引は続けさせていただきたいと思っていますので」
「それを伺って安心しました」
握手を交わし、食事の誘いを断って、ぼくたちはトラトーレと別れた。
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