第34話・飛び込み
ガサッと現れたのは、一人の……二十代半ばの女性だった。茂みを抜けてきたので、あちこち小枝で引っ掻いたらしい傷と、葉っぱがあちこちについている。
銀の髪と藍色の瞳の活動的っぽい女性。体にぴったりフィットした固そうな革鎧をまとう、目がなんかキラキラしてる人。ただ、問題は……腰に、抜いてはいないものの、剣をぶら下げている。
サージュとアパルが腰の剣に手をかけ、アレが御者台で幌の中が見えないように立つ。幌の中にいるのはぼくだ。
「あっ、あの……」
「……何者だ」
「グランディールの牛車さんですよね!」
「何者だ」
再び
「失礼しました、名乗りもせず!」
声は見た目以上若く聞こえるけど、もう一つ問題なのはそのポーズ。
地面に片膝をつけて、右手を胸に当てる。……これは、その相手に忠誠を誓うというポーズだ。
当然、その先にいるアパルやサージュ、アレ……ではなく、その奥……。
グランディール町長であるぼくへのポーズ。
「わたくしは放浪の騎士、ヴァリエ・ヴァンデラー!」
高らかに告げた声は、ぼくたちを絶句させるには十分だった。
「若き町グランディールを治める町長様にお仕えしたく、失礼を承知で参りました!」
……騎士だって?
……今時?
騎士とは、まだ世界がいくつもの町の集合体を国と呼び、その長を王と呼んでいた頃に大勢居たという。
王に仕え、王のために戦い、王のために死ぬ。その代わりに国では高い位にいた、いわゆる特権階級。
王の圧政に国が分裂して町が増え、各国で国が国として成り立たなくなり王が消えてからは、騎士は特権階級ではなくなった。
国より小さい町の町長に命を預けられないとかなんとかで、騎士を辞める者続出。騎士の家系なんてのはほとんど消えた。
ただ、町に属しない放浪の騎士がいるという。
自分が仕えるに相応しい主を求めて、各町を渡り歩くと言ったらなんかカッコいいけど、事実上入れてもらえる町を探す放浪者の一種。
だけど、騎士がいる町は少しランクが高く見られる。
騎士に選ばれた町長なら、人を導くにふさわしいだろうと。
ミアスト町長が、なんとか騎士を雇い入れようとして失敗しているのはエアヴァクセンにいた頃噂話で聞いた。
だけど……今のグランディールは、騎士を雇い入れるだけの余裕がない。ていうかこの人、グランディールのこと、知らないよな? 噂だけ聞いてやってきたな?
ちらりとアレがこちらを向く。
ぼくは小さく首を振った。
ま、ぼくが何か言わなくてもあの二人には分かってるだろうけど。
「残念だが、グランディールは騎士を雇う気はない」
サージュが単調な声で言う。
「いえ! わたくしはグランディールの騎士になると決めたのです!」
「勝手に決められても困る」
「突然に押しかけて騎士にしてくれと言われても……」
サージュとアパルが苦い顔をする。
「必ずやお役に立って見せます、ですから、どうぞ、お姿を……!」
思い込みの激しいタイプ? ぼくに何の期待をしているんだ?
「行くぞ」
サージュとアパルが幌牛車に乗る。
前の家畜とは違う、野牛を懐かせたもの。がかっ、がかっと地面を蹴っていた二頭は、少し早足で移動を開始した。
「え、ええ、えええ?」
ヴァリエが声をあげるのを無視して、牛車は動き出した、
「お、お待ちを! どうか、わたくしの話を、どうか!」
膝をついたまま身を乗り出したヴァリエは、牛車に縋ろうとして、牛の足に蹴り上げられそうになって慌てて下がる。
「お待ちをーーーー!」
「何だったんだ。一体」
追いかけてこないと確認して、ぼくは思わずそう口にしてしまった。
「何だったって、採用希望だろ」
アレがあっさり言ってくれる。
「この時代に騎士なんてものが出てくるとは思わなかったな。見栄えも良かったし、町がもう少し落ち着いて町の居場所を明かせるようになったら雇えたんだが……今はダメだ。絶対。まだ早い」
なんで?
「ああ、つまり、ね」
アパルがぼくの言いたいことを察して、幌の中に入って来た。
「騎士を雇い入れる町というのは、騎士に相応しい町ということ。ランクとしてはA以上。無論、騎士が気に入ればそれ以下のランクの町にいてもおかしくはない。ないんだけど」
「何かあるんだね?」
アパルは頷いた。
「騎士というのはプライドが高くてねえ。自分が入った町なら町長にも、町民にも高い理想を望む。つまり、一度町に入った騎士は、町そのものにランク以上の行いを求めるんだ。当然、町民はそんな御大層な町に住んでいないと反発する。それで町民が出て行って町長と騎士だけが残り……町ではなくなった場所に住んでいる、という話もよく聞く」
「ダメだろ、それ」
「そう。だからグランディールにはまだ早い、と言った」
「ていうかいらない。そんなやっすいプライドでうまくいってる町を変えられてたまるか。町に入りたい人は何人でも受け入れるけど、町に悪影響出す人はダメだ」
ぼくの呟きにアパルは頷いて、御者台に戻っていった。
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