第33話・スピティでの気苦労

「おおお!」


 デレカート商会長が目を丸くする。


「これが、あの設計図の椅子とは……!」


 今日はデレカート商会依頼の椅子を納入する日。


 反応を見たくてシエルが来たがったけど、シエルは出てきちゃいけないというのでサージュとアパルの意見が一致した。


 絶対に引き抜かれる、と。


 シエルはいやいやグランディールが一番、何処へ行く気もないけれど評価は聞きたいと言っていたけど、デレカートもトラトーレも気に入ったデザイナーだと知れたら、最悪拉致監禁される可能性だってあると言われて引っ込んだ。いいデザイナーだけど押し付けられると途端にやる気をなくすタイプ。グランディールで好き放題やってた方が楽しいんだと言っていた。


「素晴らしい……素晴らしい。グランディールの町スキルは超一級ですな」


「それで、こちらも同じデザイナーが陶工と一緒に作ったものですが」


 アパルが布でくるまれたものを出す。


「先に決めていただきながらトラトーレ商会ともつながりを持つことをお許しいただけた詫び代わりと言っては何ですが」


「ほほう……」


 デレカート商会長が丁寧に布を取っていく。


 金銀と朱色を基調にした陶の飾り皿。不死鳥フェニックスをモチーフにしてシエルがデザインしてポトリ―が作り上げた芸術品だ。


「これを見てもらいたいと、陶工とデザイナーが作り上げたものです」


もらいたい?! 売りたいではなく?!」


「ええ。少々無茶な願いを聞いていただいた礼に渡してほしいと」


「これは……また、素晴らしい贈り物を……」


 デレカートは目頭を押さえる。


「売れば三十万……いや五十万……いやいや……」


「デザイナーと陶工の善意ですから、お値段は」 


「……いやいや、こんな素晴らしい芸術品をただいただくわけには」


「では、今後とも取引を続けていただくことで納得していただけますか」


「無論です。そちらの……町長とデザイナー氏がよしとすればですが」


「こちらとしては貴方ともトラトーレとも付き合いを続けていきたいので、それをお許しいただけるのであればいくらでも」


 四ヶ月後に作ってもらいたい家具の設計図を受け取り、最後にぼくとデレカート商会長が固く握手して、デレカートとの取引は終わった。



 で、昼休憩。


 戻ってきたぼくがぐったりしているのに気付いた、牛車の番をしていたアレが、スピティの屋台からパンに厚焼きベーコンを挟んだのと牛乳を買って戻ってきてくれた。


 誰も見ている人間がいないのをアパルとサージュが確認して、大丈夫と言ったので、大口開けて食らいつく。


 実はかなりお腹が減っていた。


 デレカート商会長に「一緒に昼を」と誘われてたんだけど、実はぼく、食事のマナーとか全然知らない。こういう場面で相応しい食べ方がわからないので、次の予定があるからと丁重にお断りしたのだ。


 帰ったらマナー講座だな、とサージュが言っていたので、正直今から気が重い。


 偉そうな顔をしているだけ、というのも疲れるんだよ。少し。いや結構。……いいやかなり。

 ただ堂々と座っていればいいわけじゃなくて、一応きちんと話を聞いていないといけない。そうでないと後から話を蒸し返された時訳わかんなくなる。あと、重要なポイントでアパルかサージュのどっちかがこっちを向くので、その視線に合わせて如何にも「全部分かってるからその上で任せる」と重々しく頷かなきゃいけない。このタイミングがずれてると「あ、こいつ聞いてない」とバレる。そうするとグランディールの評判も落ちるのだ。


 目指せSSSランクの町としては、町長も呑気にやってはいられない。


 この間まで町長は町の中ではやることないなあなんて思ってたけど、一旦町を出るとぼくが町の長、町の顔。ぼくのミスは町のミスで、ぼくの失敗は町の失敗だ。ぼく一人の責任じゃ終わらない。アパルとサージュがフォローしてくれるからって呑気にはしてられない。この二人がいつも一緒とは限らないこともこれから先出てくるんだろうから。


「はぁあ」


 ベーコンに絡められたソースがべたべたと口の周りにくっつく。うん、くっつくのは問題だけど、美味しい。


「汚いなあ」


 呆れたようにアレが笑う。


「屋台のものならくっついたりするのが当たり前だろ」


「……次から上流階級の人間の食べ方を教え込むからな」


「……それ絶対ご飯が美味しくない食べ方」


「美味しい美味しくないじゃなくて取引の一つの形だからな。グランディールの町長として前に出る限り、ありとあらゆる取引方法を覚えなきゃいけない」


「……どっちかぼくの代理になってよ、印預けるから」


「将来な。今は代理なんか立てている余裕はない」


「うああ」


 情けない声をあげるぼくにアパルが笑う。


「何とかフォローはしてやるから、頑張れ」


「フォローしてよね、ほんっとうに」


 渡された手拭いで口を拭って不平申し立てをするぼくに、二人は笑って頷く。


 アレもクックッと笑っている。二ヶ月一緒に暮らせば、相手の考え方も分かってくる。アレは移動兼番人役でついてきているけど、面倒ごとが大嫌い。牛車に居残って番をしていた。


 と、二人の表情が無になった。アレもふっと表情を変えてそっちを見る。


 ぼくも気付く。


 人の気配。誰かがグランディールの牛車を止めさせてもらっている小広場に近付いている……今まで気付かなかった!


 「戦闘」のソルダートはSランクの町に招かれている状況ではいらないだろうと思っていたけど、必要だったか? いざとなればアレの「移動」で牛車ごと逃げるか?


 家具商会をまとめる家具ギルドがぼくたちみたいな特別な客を招くために作られた小広場。牛車を停めて外から見えないようになっているこの場所にわざわざ近付くということは狙いはこっち。


 一応ぼく以外は護身用として剣を持っている。盗賊やってたからね。でも実戦で強いかというとそうじゃない。


 しかし、アレの「移動」バレはもっとまずい。徒歩五日分の距離ならガン無視して一瞬で移動するレの低上限レベルスキルは、知られれば欲しがる人間が押し寄せる。


 どうする……?


 ガサガサガサッと、茂みが揺れた。

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