第32話・出てきた答え

「…………」


 何て言ったらいいか分からないぼくに、ヴァダーは言葉を続ける。


「もしお前がいなかったら、お前なしであいつらと出会ったら、俺たちは早々に分裂して、どっちかがこの町を出て行った」


「え? なんで?」


「あいつらには失礼を承知で言うが、俺たちはあいつらとは違う人間だと思ってただろう。あいつらは町に住んでいたとしてもSランク、下手をすればそれ以下。俺たちはSSランクの町の住民だったと、選ばれた人間なのだと思い、彼らを見下してただろうな。町として成り立たない。お前の理想、お前の考えがなければ、俺たちはバラバラになっていた」


「……そうなの?」


「ああ。間違いない」


 空を見つめるヴァダーの顎が引いた。頷いたんだろう。


「スキルじゃない、人。人を見ると言ったお前の言葉が、俺たちとあいつらを結び付けた。実際付き合ってみたら、気のいい奴らだってことが分かった。そして、あいつらの警戒や嫉妬も分かった」


「警戒? 嫉妬?」


「お前の頭の中に警戒とか嫉妬とか言う字が入ってないことは知ってるけど、相手が何を考えてるか察する能力は持ったほうがいいぞ」


 ヴァダーは呆れたように言い、少しめんどくさそうに言葉を続ける。


「あいつらも、こっちがSSランクの町民だったことを知った。そして思う。見下されるんじゃないか。スキルレベルの差で文句を言われるんじゃないか。追い出されるんじゃないか」


「……そうだね」


「そんな不安からあいつらを守ったのは、お前の契約書だ」


「契約書って……みんなと結んだでしょ」


「あいつらにとっては、特別な意味を持っていたんだ」


 特別……?


「あの契約書で、間違いなくあいつらがこの町の町民だと、俺たちと対等な立場なのだと保証してくれた。そして、あいつらの願いをすぐに聞き届け、服や湯処を用意した。そして、あいつらの子供も同じだと……同じ町民だと、成人すらしていない子供とも契約を交わし、間違いなくグランディールの町民だと認め、追い出すことはないと言い切った。SSSランクを目指しながら町民は選ばない、全てを受け入れる、その言葉があいつらにどれだけの安心を与えたか」


「……大げさだよ。ぼくは、ただ単に」


「その「ただ単」が、お前にしかできないことだったんだ。だから、お前が町長だってみんな認めてるんだ。どんな人間でも受け入れられる。その器こそが、お前の武器。お前しかこのSSSランクを目指す町の町長をできないという証拠だ」


 ヴァダーは立ち上がった。


「エアヴァクセンでどんな暮らし方をしていたのか知らないが、そういう考えに到ったことで、このグランディールができた。みんなそれに気付いている。知っている。だから、何にもできなくても、何もしてなくても、ただの印押し役でも、お前が町長なのさ」


「……そう、なのかな」


「そう」


 べへへ、と鳴き声が聞こえて、そちらを向けば山羊が陶土の崖から降りてきていた。


「それに、こいつらにも言ってただろ? 喧嘩するなって」


「そりゃあ喧嘩されたら困るだろ」


「ああ。でも、それを注意できる奴はなかなかいないんだ」


 ヴァダーは頭で小突いてきた山羊の頭を撫でて、ちょっとしゃがむと生えている牧草を千切って山羊の前に出した。山羊はもしゃもしゃと草を食む。


「ま、自信持てよ町長。少なくともお前はミアストよりマシで、ミアストより役に立っている。みんなそう思ってる」


 山羊の頭をもう一度撫でると、ヴァダーは丘を降りて行った。


 その背中が遠くなるのをぼんやり見ている。


 気付いたら、山羊一家がぼくの周りで草をもしゃもしゃしていた。


「お前らはぼくでいいの?」


 べへ、と山羊の一頭が頭をあげる。


 そして軽く頭を小突いてきた。


 親愛の証なんだろうか。こつ、こつと頭をつけてくるので、よしよしと撫でてやる。野生の山羊なのにここまで人に懐くのは、フレディのスキル「動物親睦」のおかげだろう。


「お前らは、この町に来て良かったか? 森の奥で縛られずに生きているほうが良かったか?」


 べへへと鳴く山羊。そしてもう一度頭をぼくの腹辺りにくっつけてきた。


 どう返事しているかは分からない。そもそも返事したかもわからない。だけど。


「お前らがここにきてよかったって思うような町を造ればいいんだよな」


 何を悩んでたんだろう。


 どうして町を造ろうと思ったのか。


 理由は単純。


 町がなかったから。


 ぼくにも、みんなにも。


 だから、造ろうと思った。みんなが暮らせる町を。スキルやスキルレベルなんかに関係なく、みんなが平和に笑って暮らせる町を。


 ただ、それだけ。


「なんだ」


 ぼくは大きく息を吐いた。


「なーんだ」


 こんな単純なことを忘れてしまうほどに、考えこみすぎてしまっていた。


 ぼくが望むのは、みんなが笑って暮らせる町。スキルとかレベルとか関係なく、みんなで助け合って生きていく町。


 今のぼくが何もできないのは当たり前。だって、町長は大きい変化の時に必要だから。ささやかな安定の時に町長が動き回る必要はない。


 そう。どっちにしろ、あと一週間もあればまたスピティの町へ行かなければならない。デレカート商会に商品を納め、トラトーレ商会に注文をもらわなければならない。アレに頼んで印入りの書状を届け、両方の商会に納めるため、四ヶ月ごとの納入で何とか納得してもらえたけど、書面上じゃ納得してても実際に会って文句を言われるかもしれない。


 そういう時に偉そうな顔をして動揺したりせず相手を見返す。こっちは何言われても平気って顔で。


 それがぼくの仕事。


「おにいちゃーん!」


 遠くからアナイナの声が聞こえた。


 ああ。太陽も随分西にかかっている。


 そろそろ湯処へでもいって体洗って、みんなでご飯にするか。今はマンジェの「食獣」しかないけど、料理関係のスキルが出たら食事処作りたいね。お客さんが来るような町になったら店も作りたいね。


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