第266話・スキルとやる気
「んー……弟子と呼べるほどに料理を教え込んでいたのはアナイナだけなんだよなあ。ヴァリエは正直料理向いてないし。料理を習いたいってヤツが来れば、ヴァリエ並みに根本から向いてないの以外は教える気ではいるが、そこまで考えているヤツもいないしなあ」
「なんと……クイネ殿はスキルが絵付ならば、料理スキルは完全に自分の努力で身に付けた技量ではないですか。つまりは他の者も努力すればクイネ殿とまでは行かずとも、料理の作り手は育つはずですのに……」
「やる気がなければ意味がない」
「なるほど」
「スキルのあるなしに関わらず、やる気がなけりゃな。同等な立場……つまり初めてで、教えられたとおりに作られた料理で、一生懸命作った下手くそとやる気なしで作った名人とは、よっぽどの異次元系の下手さでない限り、下手くその方が美味い」
「理由をお伺いしても?」
「簡単だ。美味しく食べてもらおうと頑張った料理と、不味くてもいいやという料理じゃ、手のかけ方が違う。同じ作り方をしても、美味しく食べてもらおうという心構えがなけりゃ、どれだけスキルがあっても美味しくはならないんだよ」
「なるほど……」
プレーテ大神官は考え込む。
「絵付も一緒だと俺は思う。俺は絵付をやる気がなかった。スキルレベルが高いからって無理やり描かされた絵を上手いと褒め称えた連中は見る目がなかったと俺は思っているよ。信念を込めて描いた絵と、手を抜いて技術だけで描いた絵の見分けがついてないんだから」
「ふむ……なるほど。
「そういうことだ。一生懸命頑張っても届かないものはあるが、それでもやる気ってのはスキルの代用になるくらいには重要なんだよ」
「なるほどなるほど……。長いこと生きてきましたが、ここまで心を打つ言葉は初めてです。良いお言葉を聞かせていただきました。ありがとう」
「やめてくれ爺さん、あんたみたいな人に褒められると照れるよ」
「わたくしみたいな人、とは」
「聖職者……しかもかなりの偉いさんだろう?」
「ほう?」
プレーテ大神官が片眉をあげた。
「何故、わたくしがそうだと?」
「野菜しか食わないっていうのは大体の聖職者がそうだからな。少なくとも俺の知ってる限りじゃ肉や魚を食うべからずって掟はなかったからなんでだろうとは思ってたが」
「良くご存知ですな。ええ、どの書物にも聖職者の肉魚食を禁じる項目はないのです。少なくとも精霊神様はそれを禁じてはいないのですが」
プレーテ大神官は肩を落とす。……何かその様子が近所のお爺さんに見える。
「わたくしの知っている限りでは、「くに」の世の時に祈るしか能のない聖職者が権限のある王侯が食べる肉・魚を食らうべからず、というある一つの「くに」が勝手に出した掟がそのまま「まち」の世まで続いてきたらしいです」
「はー、そんな昔の悪習が今まで残ってたってわけか……。要するに聖職者を下に見てこっちの食うものを食うんじゃねえ、ってことかよ」
「その通りです。しかも「くに」の世から続いた「おきて」は精霊神様が特に注意したものでない限り、「精霊神様の認めたおきて」として伝えられてしまったのですよ。わたくしも何とか幼い頃食べた味をもう一度……と頑張っては見たのですが」
頑張ったのお爺さん?
「聖職者がそんなものを……と怒られて来まして。もう二度と肉も魚も食べられないと諦めていたのですよ」
ご機嫌なお爺さん。
「聖職者が出歩けるようになったとお告げが出たとしても、長い間不出を保った神殿を簡単に出て肉や魚を食べに食堂へ行く、なんてとてもスピティでは出来ないでしょう」
そうね、スピティじゃ無理でも、グランディールの西の民のいない食堂だったら食べれるもんね。
「じゃあこの騒ぎに乗じて食べるために来たのかい?」
「いやいや、もちろん西の民が優先ですよ? しかし聖職者になってから初めて神殿を出て、他所の町の揉め事解決に一枚噛んだとあれば少しばかりの
クイネは大笑い。お爺さんもふっふっふ、と笑う。
たとえ西の民がいたとしても「そんな偉い人がそんなものを」と言われないための地味な服装だもんね。
「で、爺さんは何者だい?」
「スピティの大神官、プレーテ・ガイストリヒャーと申します」
「へえ、大神官! そりゃ大したもんだ」
そうですね、弟子が聖女になったんだもんね、大神官じゃもう驚かないかあ。……でもさすがに精霊神が出てきたら引かれる自信がある。
「御馳走様でした。美味しいものを食べさせてくださったクイネ殿に精霊神の祝福がありますよう」
「ありがとうよ爺さん、またこっそり隠れて食いに来な。爺さんみたいに話を聞いてくれるヤツはいつでも大歓迎だよ」
「ありがとうございます」
お爺さんは深々と頭を下げた。
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