第265話・今日のメニュー
そっと神殿を出て、プレーテ大神官を案内して通路を通る。慌てて立ち上がるシーとファンテに、そっと「静かに」と合図して通路を抜ける。
連絡はエキャルに頼んでアパルに送ってある。何かあったら連絡が来るだろう。
グランディールの町を歩きながら、プレーテ大神官が大神官の正装でなく地味な服で来たのはこの町を歩くためだったんだなと思う。
聖職者は基本的に神殿から出てこないし、特に大神官とか聖女とかってスキル持ちは成人式が終わった途端神殿に放り込まれて外に出ることも許されないという立場。
しかし外に出るんだと大騒ぎするんじゃなく、機会を待っていたんだろう。自分が出ても文句を言われないタイミングを。そこへウチが声をかけたんで乗ったんだ。
いや、完全なる善意より、ちょっと私欲が隠れ見えたほうが逆に安心できる。確かに「人間」の考えたこと、ということで。
「こちらです。クイネー。いるかー?」
「おう、いらっしゃい町長。アナイナは?」
「アナイナは神殿で話し合いの付き合いだよ。お客連れて来たから何か作ってくれる?」
「おう。そこの爺さんか?」
「ええ。町長さんのお気に入りと聞きまして、ワガママを言って連れてきていただきました。よろしくお願いします」
「そうか、町長が連れてきたんなら厄介なことはないだろ。何がいい?」
「何がありますか。恥ずかしながらわたくしはこのような店が初めてでして、どうすればいいのか……」
「簡単だよ。あんたが俺の作った飯を食って感想を言えばいいんだ。それが
「野菜に慣れておりますが、肉や魚と言ったものにも憧れはあります」
「分かった。脂っこくないものがいいんだな」
笑いながらクイネは奥の厨房に入っていく。
「気持ちのいい方ですな」
「元はファヤンスの絵付師だったんですよ。でもスキルじゃなく自分の好きなことで食べて行きたいというので、食堂の親父としてスカウトしたんです」
「ほほう!」
「あれ? クイネ、そう言えばヴァリエは?」
「サージュの手伝い」
厨房で野菜を焼きながらクイネが答える。
「ほら、西の騒動で。結構文句ある人たちの意見をまとめるんだと。要するにこういうことは自分たちは傷つきますということをまとめて突き出すんだと。町長は神殿の方行ってたんだろ? 反省の様子とかあったか?」
「うん。泣いてた」
「泣きたいのはこっちだっつーのに」
よくよく見れば、食堂のあちこちにキズ。
「もしかして、このキズ」
「当たり。西の連中が暴れた時、ちょっとな」
「……ぼくのスキルで直す?」
「直すのは一瞬だろうが、それじゃ西の連中は反省しないだろ。ちゃんと自分のやったことを見せて反省してもらわないとな」
「仰る通りです」
プレーテ大神官が頷いた。
「癒すのは一瞬。しかし痛みは残るもの。その痛みを分かち合わないと同じ町の民とは言えない」
「そうだよ爺さん、いいこというな!」
ニコニコ笑顔のクイネ。昨日の気難しい顔は何処へやら。
「でも爺さん、今まで見たことないな。あんたみたいに存在感のある爺さん、忘れようがないんだが」
「おお。お褒め下さるか」
プレーテ大神官も笑顔。
「ほい、鶏のササミと野菜の焼きびたしだ」
カボチャとしし唐辛子の焼いたのと一口大にちぎられた鶏のササミが漬け汁の中に浸っている。
「ほほう。このような料理、初めてです」
「緑のはちっと辛いからな。甘いのが好きならカボチャからいってもいいか」
「いただきます。すべての恵みを与える精霊神に感謝を」
プレーテ大神官は正式な祈りを捧げると、フォークでそっと鶏のササミを差した。
もぐ、と食べる。
目が、キラァ……ッと輝くのが見えた。
もぐもぐと噛んで、ゆっくりと歯ごたえと味わいを楽しみ、ごくりと飲み込む。
「……美味い」
「おう、舌にあったかい?」
「美味いです。これは非常に美味いです。何十年もこんなに美味いものを食べられなかったとは……!」
「そうか! そうかい!」
クイネ、ご機嫌。
「気に入ってくれたなら何よりだ!」
「ええ、美味い。とても、美味い」
カボチャをかじり、しし唐辛子をかじり。幸せそうにプレーテ大神官、一皿平らげた。
「まっこと……まっこと素晴らしい味でした! 今ここにいられる幸運を神に感謝しております!」
「ははっ、そう言ってもらえるんなら幸いだ! 精霊神の他に、俺を料理人として受け入れてくれた町長にも礼を言ってくれ!」
「そうですな! まっこと、好きこそものの上手なれ、ですな! この味を継ぐ方はいらっしゃるのですか?」
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