第264話・精霊神の信仰西東

「私たちが西の民に求めているのは、一つ」


 すすり泣きの声に満ちる広場に、ぼくの声が響く。


「同じ立場の存在になることです。同じ町の、同じ町民として。比べることも比べられることもなく、同じ立場の存在として」


 広場中からの視線が、ぼくを見ている。


「あの厳しい環境で生き延びてきた西の民と、底辺から這い上がってきたグランディールの民は仲良くなれると思います。でも、ぼくたちが手を差し出しても、皆さんが取ってくれなければ何もできないのです。そして、誤解しないでいただきたいのですが、私たちは皆さんの上に立ちたいわけではない、同じ場に立ちたいのです」


 一つ息を吐いて、最後の言葉を。


「それでもグランディールにいたくないというのならば、言ってください。プレーテ大神官からスピティ町長に依頼して、お望みの町への紹介状をお渡しします。……ただ、他の町で上手くやれるかどうかは皆さんの心次第です」


 ぼくは頭を下げると、ゆっくりと舞台を降りた。



     ◇     ◇     ◇



 そのまま神殿の個室に行って、座り込み、溜息をつく。


 今までうまく行っていたのは、ぼくの力じゃない。


 ぼくの内に隠された、精霊神の力。


 それを思うと嫌な気分になる。


 ぼくの……ぼくたちの力ではなかった。


 あれだけの努力も、精霊神の力によるものだった。


 それを思うと、最初から一緒にやって来てくれた盗賊上がりのみんなに申し訳なくなる。


 彼らは、精霊神の力とかじゃなく、ぼくのスキルで出来ているのだと信じ、若輩のぼくに自分からついて来てくれた。自分の力の最大限でぼくに力を貸してくれた。


 その力はいらなかったって、精霊神の力一つで充分だったなんて。


 頭を抱える。


 は大したことはしていなかった。すべての力だった。の力があまりにも大きすぎて、にそんな力などないと思わせていた。


 め。


 絶対にぼくは折れない。歪まない。止まらない。


 スペランツァじゃない。グランディールを、絶対、絶対。


 守る!



「よろしいですかな」


 ノックの音と、控えめな声。


「プレーテ大神官」


「ご機嫌は如何いかがですかな」


「バレてましたか」


 ぼくは笑って頭を掻いた。


「それでよかったのです。あんな言われ方をして怒らぬ町長がいれば、町民は不安になるでしょうからな」


「……みんなは」


「今、話し合っております。自分たちが何をしたか、グランディールにどう言う仕打ちをしたのか、それは償えるものなのか。……ああいう話になれば部外者は邪魔でしょうからな、引き上げさせてもらいました」


「……ありがとうございます」


 ぼくはプレーテ大神官に深々と頭を下げた。


「なんの、わたくしは一般論を話しただけです。そして、西の民が忘れていたのは、その一般論でした」


 プレーテ大神官は穏やかな笑顔で言う。


「もっとも、西の祈りの地は東とは全く違う一般論の世界です。西は精霊神の信仰が何より優先される。ヴァラカイを境に東は現世利益が強い。精霊神が自分の町に救いをもたらさないのならば信仰心を捨て、別の助けてくれる所に行く」


 確かに……東の民で何か失敗したとして、救いを精霊神へ祈る人は少ない。失敗したら自力でやり直すか、それとも力を貸してくれる人を探すかだ。祈ったところで精霊神は救ってくれない。なら自分で何とかする、と。


 だから、東の民は。この大陸を作ったという精霊神の神殿を持ってはいるけれど、実際に信じているのは精霊小神と呼ばれる、精霊神よりはるかに力の劣る……しかしこの大陸の何処かに確実に存在して、実際に力を与えてくれる精霊たちだ。


「実際に助けてくれる存在を信じるな、とは誰にも言えません。ですから、スピティの上位神殿と言っても、神殿に来るのは精霊小神に願うで祈りを捧げていく者も多い。……精霊神様はどう思っていらっしゃるのでしょうなあ……」


 何か分かった気がしたけど、敢えてぼくはそれを飲み込んだ。


「……とにかく、プレーテ大神官のお陰でこの騒動は収まりそうです。ありがとうございます」


「なんのなんの。わたくしは大したことをしておりませんよ」


「何かお礼が出来ればいいのですが……」


「では、聖女を育てたという食堂へ行ってみたいものです」


「え?」


 プレーテ大神官はニコニコと笑っている。


「スキルが目覚める前のアナイナ殿が教わっていたということは、美味しいということなのでしょう? 是非食してみたい」


「えーと、穢れるとかなんとか西の民さんは言ってらっしゃいましたが……」


「精霊神はそんなことなど言っておりません」


 知ってるけど一応聞いてみたぼくに、プレーテ大神官は笑顔で言う。


「むしろ、たくさん働いた自分への褒美に、自分の手に入れた食を味わうことは推奨されている。西は厳しい環境故に美味と言える食が少なく、自然にそれは贅沢と呼ばれるようになりましたが……それ以外にも聖職者が食べてはいけないとされる理由はありますが」


 うん。結構西の民の教えって捻じ曲がって伝わってるって思った。

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