第263話・涙

「あなたたちはそう言いますか」


 ぼくは小さく溜息をついて言った。


「では、グランディールの民の思いは無意味だったということですね」


 は? とぽかん顔が並ぶ。


「我々はポリーティアーを助けに西へ行った」


 ぼくは静かな声で告げた。


「依頼はポリーティアーの民を救うこと」


 一息ついて、そして言う。


「他の町を助ける義理は、我々にはなかった」


 ビシッ。


 場が凍り付いた。


「だけど、他の場所にも助けを待つ民がいると知った我々は、可能な限り多くを助けることを目指した。確かにそれを決めたのはぼくだ。でも、グランディールの誰も文句は言わなかった。それどころか、自分の分の食糧を削ってでもあなたたちに回し、寝る場所を確保し、栄養価の高い食事を用意し、薬を集め。あなたたちが少しでも楽に過ごせるように、不安から解き放たれるようにと、最大限の努力をした。信仰心とは関係なく、ただ、困っている人を助けたいと」


 ぼくは、少しだけ声を強めた。


「その結果が、それですか」


 そして、静かに告げる。


「神殿が自分たちのものだと言い、聖職者は自分たちのものとして、彼らの奇跡を自分のものにして、グランディールに不平不満を押し付ける。それが、我々の好意に対する、西の民のお返しですか」


 ぐ……と西の民は息を呑む。


「それが、信仰心篤き民のやることですか」


 言葉もない西の民。


「それが、西の民の意思ですか」


 広い広場にぼくの声だけが響く。


「これが、あなたたちを同じ町の民として受け入れたグランディールに対する仕打ちなのですか!」


 ぼくの怒りの声に、西の民は震えあがった。


「し、しかし」


 誰かが反論しようと声をあげる。


「この神殿は西の民がいなければ……」


「西の民だけで作ったのですか?」


 静かな声で、剣を突き付けるように言う。


「違いますよね。グランディールの民と町スキルも協力しましたよね。それに、そもそもこの神殿は、西の民の祈る場所が欲しいという言葉にグランディールが一緒に精霊神に祈りを捧げる場所と答えた結果だったはず。それを占領して、自分たちの居住地として扱い、聖職者に祝福を与えろと追いかけ回し、スキルが目覚めるまではさらな人間だった聖職者の学んだ場所をはずかしめ、追い出す。……それがあなたたちの信仰心というのですか!」


 ダメだ、今になって怒りが噴き出しそうだ。


 町長の仮面を使えば冷静になれるだろうけど、あいつが原因みたいな騒動であいつの力を使いたくない。


「町長」


「お兄ちゃん」


 ぼくのことを分かっているアナイナとアパルが声をかける。爆発寸前のぼくに気遣ってくれている。だけど……だけど!


「クレー町長の仰る通りですな」


 朗々とした声が広場に響き渡った。


 広場の壇上に現われたのは、西の民の代表団と、プレーテ大神官。


「何だ、あのジジイ」


「今言ったのはあいつか?」


「無礼な!」


 代表団の一人が声を張り上げた。


「この方はスピティ上位神殿の大神官、プレーテ・ガイストリヒャー様だ!」


 ひゅっと息を呑む音。


 スピティのプレーテ大神官と言えば、長い間スピティを守り続けている偉大なる存在。確かに今スピティの近くに居はするが、まさかSランクの町の大神官が出て来るなんて、と驚いているんだろう。


 それにしても。


 ナイスタイミング。プレーテ大神官。


 そろそろ爆発しそうだったんだ。


 こほん、と咳払いをして、プレーテ大神官は語り始めた。


「皆も、そろそろ分かっているのではないのですかな? 自分たちの言動が、どれだけ世話になったグランディールを辱めたかということを」


 誰も反論しない。


「信仰心とは、他人を辱めて見下すことではありません。自分の行いを認められて褒められようとすることでもありません」


 年なのに心に直接響くような声が、広場に広がる。


「誰も見ていない所で、正しいことを出来る人。見返りを求めず、躊躇ちゅうちょなく他人に施せる者。それこそが信仰心というものではないですか」


 西の民は、全員、項垂うなだれている。


「グランディールの民と自分たちを比べて見てください。自分の取り分が減ってでも困っているだろうからと受け入れたグランディールの民と、わざわざ大声で相手の弱い所をあげつらう西の民。友として一緒にいてもらいたいのはどちらですか?」


 ぐすっと、水気の多そうな音がした。


「だ、だって……」


 涙声が聞こえてくる。


「グランディールは、何でも持って……だから、少しくらいこっちに回してくれたって……」


「グランディールも最初からすべてを持っていたわけじゃない」


 ぼくが反論した。


「エアヴァクセンを追い出されたぼくと、ついてきた妹と、出会った放浪の民。九人……いや、七人から始まった、ランクもない町。マイナスからのスタートで、そこから、一生懸命、全員で、いろんなトラブルを乗り越えて、ここまでやってきた。最初から全部を持ってたわけじゃない、あなたたちが持っているという「すべて」は、グランディールのみんなで必死に手に入れてきたものなんだ!」


 西の民の一人が膝をついた。


 ボロボロと涙がこぼれている。


 一人、また一人と、泣き出す西の民。


 最後には、ラガッツォやヴァチカ、マーリチクも泣いていた。

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