第340話・浅知恵で重罪

 仮眠室のドアをノックする。


「ぼくだよ」


「どうぞ」


 ティーアがドアを開け、ぼくを入れて、自分は中に入らずに外側から鍵をかける。


 一瞬視界が真っ暗になったけど、単に目が暗い所に慣れてなかっただけ。すぐに目が慣れて、部屋の中が見える。


 部屋の真ん中のベッドに座らされたスピーア君。アパル、サージュがその両脇に立ち、ヴァローレとシーが前と後ろに立っている。四人にしっかり囲まれている。


「何か分かった?」


「それが」


 サージュが渋い顔をした。


「厄介なことになった」


「今回の一件にフューラー町長がかかわっているとか?」


 アパルが小さく頷く。


 ああ、やっぱり。


 他所の町から来たばかりの移民が事を起こしたなら、まず疑うのは前に住んでいた町だ。


 繋がりがあろうとなかろうと、違う町の事情を知りたいという町長は多い。それが上手く行っている町ならば余計に。


 ヴァローレが「鑑定」して、何もなかったから受け入れたけど、その後フューラー町長がその役割をスピーア君に任せたんだろう。


 で、移民希望者の中に連絡系のスキルの持ち主がいれば、移民許可、持ち出し品などと引き換えに、町の情報を送るという役目を担う。それくらいの一代・二代限定の(新しい町に住みついて情報を元の町に流す人)は、どの町でも送り出してるし受け入れる。気を付けて使えば偽情報や広めたい情報も逆に流すことが出来るから。


 しかし、今回はちょっとまずい。


 なんせ、聖女を誘拐未遂連れ出ししたんだから。


 聖女が自分から出て行こうとして町長の個人印の印影まで使ったんだけど、誘って連れ出したのはスピーア君。


 聖女は町の超重要人物。下手をすれば町長より重要度は上かも知れない、そんな人間を町から連れ出した。これはマズイ。フューラー町長の目的が何処にあるのかを調べて、悪意があるものであれば……世話になったとはいえ、厳しい対応を取るしかなくなる。


 深呼吸して、スピーア君の座るベッドの隣のベッド、彼の真ん前に座る。ベッドの間に立っていたヴァローレが一歩横にずれて、ぼくが真ん前に来るようにしてくれる。


 真っ白な顔をして小刻みに震えながら俯くスピーア君の顔をちらりと見てから、ぼくは一つ頷く。


「何が分かった?」


「スピティの草、なのは分かった」


 ヴァローレが言う。


「しかも、フューラー町長に直々に命じられた」


 頭を抱えたくなった。まあ、スキルが「遠話」で報告しやすいだろうしなあ。本人に行く気があれば、フューラー町長だって繁栄する町の秘密を知りたいだろうし。


「じゃあ、今回の誘拐はフューラー町長の命令?」


「それが」


 ヴァローレが難しい顔をして、唯一の女性であるシーが苦笑した。


「先走り、なんです」


「へ?」


「聖女をスピティに連れ帰れれば、自分は次の町長候補になれるとか思っていて……」


 …………。


 ……おーい。


 そーいう考え?


 そこまで短絡的な考え?


 おーい。


 町の存続とかぼくの未来とか人間と精霊の差とか、色々考えさせといて。


 結論は新人草の先走りにも先走り過ぎた手柄欲しさ?


 頭を抱えたくなった。


「……あのさスピーア君」


 びくぅっ! とスピーア君が竦み上がる。


「これって、フューラー町長、君のせいでものすごーく困った立場に置かれたこと、気付いてる?」


 へ、と青ざめた顔に浮かぶ間の抜けた表情。


「フューラー町長に命令されたのは、グランディールの調査、そうだろ?」


「ス、スピティに価値あるものを送れと」


「うん。だけど、それって情報だよね?」


「え」


「何も、現物盗んで持って帰って来いだなんて、言ってないと思うんだけどな」


「せ、聖女はスピティに価値あるものだから、持って帰れば」


「スピティが聖女誘拐を目論んだって噂が千里走って、フューラー町長頭抱えるね。君とのつながり切っちゃうかも」


「え」


 またスピーア君の目が丸くなる。


「千里走るって」


「聖女だけでなく、ある町でその座に就いた聖職者をどんな手段であれ本人の意図以外で連れていくのは、「おきて」にも関わる大犯罪。町長がそれを命じたりすると、その資格を取り上げられることもある。前にアナイナをさらおうとしたエアヴァクセンの町長は、印を破壊され、町民の資格を奪われ、今は放浪してるって」


 印を破壊して資格を奪ったのは精霊神だけど、それは言わないでおく。


「で、でも、聖女は自分から僕についてきて……!」


「あのねえ」


 ぼくはアナイナと同じ色の髪をぐしゃぐしゃにして、言った。


「そのおかげで、君が今、重罪人の放浪者にならないで済んでるっての、分かってる?」


 ひきっと、スピーア君の顔、明らかに引きつった。


「アナイナが分かった一緒に町を出るって言ったから、君は神の怒りを買わずにここにいられてるんだよ。君がアナイナをスピティに連れてって、神殿の中にでも閉じ込めれば、君は文字通り神の怒りを買ってどうなってたか分からないよ。君だけじゃなく、フューラー町長だけでもなく、スピティの町の人全部がね」


「……え」


 そう。彼が浅知恵で行ったのは、一つの町を滅ぼすに値する重罪、なんである。


 今アナイナの信じてる神は精霊神じゃなくぼくだけど、そのぼくだって精霊神の一割だから、「おきて」に込められた呪縛が反応するだろう。そうしたらスピティがどんな目に遭うことか。

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