第341話・いい草悪い草
そのことを説明すると、スピーア君はどんどん小さくなっていった。もちろん物理的じゃなくて精神的なものだけど。
「んー……で」
ぼくは頭を掻きながら言う。
「君の扱いだけど」
カタカタ震え出すスピーア君から視線を逸らして、ぼくは言う。
「聖女誘拐は重罪だよねえ」
「ゆ、かい、して、ませ」
「そう。もし本当に誘拐して閉じ込めたら神罰が下るね」
天井の辺りを見て考え込む素振りをする。
「でも、アナイナが行くって言ったんだし、ギリギリスピティへ駆け込む前に捕まえられたから、辛うじて誘拐と認定されてないだけ」
今度はゆっくりと視線を下ろして床の木目に。
「スピティに言うべきかなあ。お宅の雑草が聖女誘拐未遂したって」
「え、その、やめ、やめて、やめ」
ガタガタ震え出すスピーア君。
「何で? 君はグランディールに移住したんでしょ? 前居た町とそれほどかかわりを持ちたいの?」
「だだ、だって、僕は、僕、町長、に」
「聖女誘拐犯がどこの町の町長になれるって?」
だーっと滝のように流れ出す涙。
「ぼぼ、僕、知らない、全然、知らない」
「知らないわけないでしょ。仮にもスピティの町民が、成人前に、「まちのおきて」、習わないはず、ないよねえ?」
涙、涙、
そんなに泣くくらいなら最初からやるなっつーの。
「……まあ、一番君にとっていい処分でも、二度とスピティに近寄るなって言われるだろうね」
また顔色真っ白だよ。それ以上血の気の引いた顔は多分これからお目にかかれるな。
「一番悪い処分だと」
ぼくはニコッと笑った。
「抹殺かな」
すーっと表情が消えた。表情を動かす筋肉とかに血が行かなくなったのね。なるほど、最後の血の気の引いた顔は無表情なんだ。
「ま……」
スピーア君、ついに舌まで回らなくなってきたみたい。
「スピティとしては消えて欲しいけどグランディールの町民になってるから表立って手は出せない。だから始末人を送り込んで、そんな人間はいなかったと言うことにされる。グランディールとしてもそんな厄介な人にいられると困るから、始末人は放置する。うん、そうなるね」
「は……はは……」
ぐるんっと目ん玉が裏返ったスピーア君は、ベッドの上にひっくり返った。
「クレー、脅しすぎ」
ヴァローレがさすがに気の毒そうに、気絶したスピーア君の様子を見てから言った。
「聖女が自分からついて行ったんだし、町に着いてなかったんだからそこまで重い処分にはならなかっただろう」
「分かってる。けど、これくらい言わせろ」
失敗したから軽い罪で終わると思われては困るんだ。
それに、こっちは妹は大泣きしたし、ぼくは過去と現在と未来に行く道がほとんどないことを思い知らされたんだ。これくらいの脅し、効かせてもいいだろ。
それに、言ったことは確かに脅しだけど嘘ってわけじゃない。
聖職者の誘拐は神罰が下るほどの罪。神罰が下らず、聖職者を奪われた町が裁判を求めなかったとしても、誘拐を企んだ町は評判の急激悪化でランク外に弾き飛ばされ、悪評から町長は座から蹴り飛ばされ、それによって町民は一気に貧しい暮らしに叩き落とされる。
そう言うことを、やろうとしてたんだよね、スピーア君は!
「アパル」
ぼくは顔半分を、左手で覆いながら言った。
「フューラー町長に一件の報告を」
「スピーアを見捨てる?」
「いぃやぁ」
自分の左ひざの上に左ひじを置いて、その体勢で顔を半分隠したまま、ぼくは肩を竦める。
「見捨てるっていうよりは、フューラー町長に恩を着せるんだな」
「草の処分で?」
「どんな町でも、グランディールに草を送りたがってるだろ。それをいちいち探し出して元の町に帰すなんて気の遠くなる真似は出来ない」
ファヤンスは町ごと手に入れたから草が来ることはないだろうけど、スピティやフォーゲル、ヴァラカイ辺りはグランディールの情報を手に入れたくて仕方ないはずだ。だって、たった一年でSランクに上り詰めた町だよ? いくら町長のスキルがあるとはいえ、それこそ神の祝福があってもおかしくない町。何かコツでもあるのなら、と思う町はたくさんあるだろう。
事実、何度か教えてくれとアッキピテル町長やザフト町長に聞かれている。
自分のスキルと町民の協力のお陰と言ってはあるけれど、納得してないのは分かってる。
でもまさか町長が精霊神の分霊になれば、何て言えるわけがないし。
明らかに異常、でも教えてくれない。そりゃあ草を送ってくるでしょうよ。
これから先、草の対処も町政に入れないとな。
おっと。スピーア君の処分の話だった。
「草自体は構わないんだよ。だけど、少しはマシな草を入れてくれって要請するんだ」
「マシな草?」
「先走って誘拐なんてやらかさないような草」
もちろんスピティには優秀な草も大勢いるんだろうけど、フューラー町長は自分の町を愛しつつも空飛ぶ町に憧れて、てっぺんを取りたいという野望もあって、連絡を取るのも簡単なスピーア君がいたのでそのまま草にしたんだろう。
そんな適当な草を入れるんじゃないという要請。
つまり、草を入れること自体は認めてますよ、ということ。
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