第378話・大湯処の案

「湯処を、売りに……?」


 考えたこともなかった。


「てか売りになるの?」


「なるともさ」


 シエルはニヤッと笑みを浮かべる。


「まず、これまで来た人。町長から一般人まで、まず真っ先に湯処に感心するだろ」


「確かに」


「あとなー。もうちょっと町が落ち着いてから相談しようって考えてたんだけど」


 シエルは数枚の紙を取り出した。


「何それ」


「要望書」


「なんでぼくじゃなくてシエルの所に……」


「オレがやる気にならないと動かないからっつってた」


 渡された要望書に目を通す。


 『私は町の湯処を巡るのが好きなんですが、何処の湯処も同じなのが残念です。せっかくたくさんあるんですから、違いをつけて巡る楽しみがあればもっといいんじゃないかと思います』


 なるほど。確かにどこもかしこも同じ作りだったわ。おんなじでいいやって考えてなかったけど、確かにたくさんあるんだからそれぞれに違いがあってもいいだろうなあ。


 『湯処、たくさんあるのに代わり映えがない。たくさんあるのに同じなんでつまらない。いっそのこともっと増やすとかして差もつけて、食事処とか休憩処とかつけたらどうだ』


「ほー……」


 思わず唸った。


 湯処はあちこち違いなく平等に、と思っていたけど、確かにあちこちの湯処を巡るって楽しそうだなあ。でも行った所行った所が同じだったらつまんないなあ。


「なるほどねえ……」


「で、それを読んで、一応いくつか湯処の案を考えてたんだが」


 シエルは結晶を引き抜いてもう一つの結晶を差し込んだ、


 十種類の湯処の案。


 湯が幾つもある湯処、寝っ転がって休憩できる場所がある湯処、汗をかける熱室と水浴びの出来る水湯のある湯処、湯処を広く取って湯で遊べるような湯処……。


「で、盛り上がって、作っちゃったのがこれ」


 シエルがまたもう一つ別の結晶を差し込むと、大きな二階建て建物の図が出た。


「これが」


 シエルが指を動かすと、一階の内面図が出た。


「オレの考えた、みんなが楽しめる湯処兼観光名所だ」


 ぼくはまじまじとその内面図を見て。


「すごい、シエル、天才!」


 思わず褒め称えたのだった。



 早速それを会議の議題に回す。


 人間が増えたので、会議に参加する人数も増えた。というか、町の運営に参加していい町を作ろう、という人間が片っ端から参加してきているんでここでの相談も賑やかになってきた。


「と、言うことで」


 ぼくはシエルを連れてきて、その立体図を展開した。


 ざわっと声が広がる。


「シエル、説明を」


「へいへい」


 シエルが説明したのは、子供も大人も楽しめる大湯処案だった。


 広いスペースに、水場。川を模した流れる水場。滑り台をつけた水場。波の出る水場。子供だけじゃなく、大人も付き合って遊べるような安全な小川の再現。


 そして、残るスペースを男女二つに分けて、屋内と屋外に湯場。広い湯船や一人しか入れないような湯船、体を洗う洗い場。北の方で流行っているという焼けた石にお湯をかけて汗を流す熱室と汗を流す水風呂。水飲み場。体をほぐす揉み処、などなど。


 で、二階は休憩兼宿泊スペース。ごろ寝できるスペースや食事や飲み物を供給するスペース、宿屋のように個室があって泊まれるスペース。


「ほー」


「これはこれは」


 みんな感心してその立体図を見る。


「まあ水と湯は無限にあるし、材料費はウチではゼロだしな」


 サージュが頷く。


「清掃とかは?」


「新しく清掃員とか仕事を作って任せよう」


「誰か常駐する人が要るんじゃないか?」


「清掃とかは子供でもできるけど、見張りとかは大人じゃないと無理だな」


 わいわいと話が盛り上がる。


「で、それと一緒に、いくつかの湯処を直したい」


 シエルが町の湯処の別案をさらに増やしたものを立体図に出す。


「作り直す?」


「今のままでいいのでは」


「町民からの要請。せっかくたくさん湯処があるのに、どれも同じだとあちこち回るって言う楽しみがないみたい」


「あー……」


「今のところ、湯処で差というのは会議堂に一番近い湯処を何となく町民が遠ざけるくらいしかない。中身も外見もみんな同じ。会議堂は町の偉い方の人間が良く入ってるので、何となく避けるという。で、そう言う人間が入っている夕食後辺りに湯処に突入して戻ってくるのが子供の度胸試しになっている。度胸試しの湯ってなんだよ。いいやそれはそれで面白いけどさ」


「あー。時々子供が真っ赤な顔して入っているのはそう言う理由か」


「うん。会った人によってポイントがあるらしい。それはそれで面白いのでそう言う湯処にするのもありかなと」


「どういう湯処だ」


「ポイントカード発行して、ポイント付きの人と同じ時間に入ったならその分のポイントとか入れて、期間中にポイント達成したら何かプレゼント?」


「じゃあ、高ポイントの人間が湯処に行ったらポイント目当ての客が押し寄せる?!」


「いや、子供にしかしないよ。結構湯処のありがたさが分からないで行かない子供もいるって言うから、子供が湯処に行く理由になればいいかなとか」


「でもなあ……ポイントになる人間って」


「当然町長もポイント付きになるんだろうな?」


「もちろん。ついでに言うと、町の子供からさりげなく話を聞きだすにもちょうどいい」

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