第377話・シエルの提案
仕事が無事に済んで、エキャルの御機嫌も戻ったので、シエルのデザイン室に行く。
なんでわざわざデザイン室を、デザインは家でもどこでもできるだろう、と思う人もいるだろうけど、シエルの場合、「いつでもどこでもできる」のが問題問題大問題なのである。
なんせ天才肌で熱中型のシエル、一旦夢中になると寝食を忘れる。本気で忘れて一週間近く不眠不休水のみで生活して倒れかけたことすらある。しかも本気でなんで倒れたか理解してなかったりしている。
で、シエルの生活管理をお願いしていた三女傑の意見で、デザインをする場所を決めてそこ以外でやったらお仕置きするよ、と脅されているから、シエルは朝ここに来て日中デザインして家に帰ってデザインしている所を見つかったらお叱りを受けるという決まりが出来た。
続けたい場合は町長と女傑の誰かの許可を得て、睡眠と食事はちゃんと取る、監視付き、三日まで、という決まりで出来るけど、最近は神殿を創ってから大きいデザインの仕事がないのでデザイン室で寝たりしている。
寝た子を起こすような真似はしたくないけど、そろそろシエルの創作意欲がMAXに達して「何か作らせろ」となるのは目に見えている。作ってないと死んじゃうようなシエルだから、定期的に注文を出さないと、しぼんでぐったりげんなりしてやる気をなくすか、奇声を発しながら町を歩くことになるので。
デザイン室のドアをノックすると、「どーぞぉ」と力のない声がした。
「シエル、入るよー?」
エキャルと一緒にドアの隙間の頭を突っ込むと、デスクにぐったりと上半身投げ出したシエル。
「……生きてる?」
「……一応」
元気のない声。
「やる気は?」
「……ない」
シエルはぐでぐでと言い始めた。
「だって、あの神殿作っちゃったらそれ以上の物なんて無理だろー?」
確かにあの神殿は極端だけど。
「オレの創作意欲は尽きたんだ……今のオレは抜け殻さ……燃え尽きたんだ……」
「火は点く?」
「内容次第」
「シエル。それは燃え尽きたとは言わない」
「で……? 何のデザインをしろって……?」
「デザインって言うよりアイディアを出して欲しいんだけど」
「……アイディア?」
ぼくは町に売りであり憩いの場である場所を作りたいこと、家具や陶器じゃ売りにならないこと、スピティやフォーゲルやヴァラカイのような、「ああ、あの町」と言われるような場所を作りたいのだと明かした。
「町の売りか」
シエルは身体を起こして、腕を組んだ。
「名物、名産って言うのは、普通、その土地に生じるものなんだ」
「土地?」
「そう。鳥が集まる、家具が集まる、聖地巡礼に信者が集まる、そう言う場所だからそう言う売りが生まれる。固定されているものがあるんだな」
「じゃあ、浮いているグランディールには、それがない?」
「そうだな」
あああああ。
一番有名な「空を飛ぶ町」が売りから遠ざけているなんて。
「でもまあ、逆に言えば、何を出してでも売りになるってことだ」
シエルはデスクから広いテーブルに移動すると、小さな結晶を取り出してテーブルの脇に押し込んだ。
一枚板だったテーブルに、立体的な図が浮かび上がった。
グランディールの全貌図。
スピティから教わった結晶に込めた図を浮かび上がらせる装置、立体投影機は、デザイン室だけじゃなく町長室と会議室にもある。これまでに作った建物や家具や町の設備などの図解はデザイン室に全部揃ってる。しかもデザイン室の立体投影機は町長室より大きい。
何故かって言うと、シエルが一番有効的に使うから。
あと町長室に置いといても盛り上がったシエルが持ってって返さないから予備を作るということもあるし。
で、グランディールが大きくなるたびに更新した立体図。
「で、オレが感じた所によると、だ」
シエルがテーブルの表面に手を突くと、あちこちに黄色いマークがついた。
「このグランディールに来町した人が一番驚き、喜ぶ共通点がある」
「え」
そんなの、あった?
「これがそれ」
「一番驚いて喜ぶものが、これだけある? 何か喜びが激減しそうな」
「しない。ていうか、これが何か分からないか?」
「? 分からない」
「お前が創ったんだぞ」
「色々創ったから覚えてない」
「湯処。本当に覚えてないか?」
「あ? ああ」
そういやスピティ盗賊団を招き入れた時に「この身体じゃ家に入れない」と言われたので湯処を創ったのが最初だった。体を洗いたいという望みとシエルのデザインで洒落た湯処が出来て、町が広がる度に湯処が増えて行った。
「湯処を増やす?」
「増やすっちゃ増やすけど、同じのを増やすわけじゃない」
「???」
シエルはグランディールの地図の一部、来町客用の宿や食堂なんかが並んでいる通りを、ぐるっと指した。
「ここ、広げて何か作れないかって言ってなかったか?」
「うん、でもアイディアがなくてそのまま広げもしてない」
「そこに創る」
「何を?」
「名所になるデカい湯処を創るんだよ。来町客向けにさ」
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