第2話・ついてくる妹

「あああ~……」


 エアヴァクセンが見えなくなった辺り、森を切り拓いてできた街道の真ん中で、ぼくは思わずしゃがみこんだ。


「レベルMaxって、どういうことだよ……」


 どんなスキルであっても、レベル上限が1では、伸ばしようがない。


 ミアスト町長が移転先も決めずに追い出したのも無理はない。


 町のランクはEから、D、C、B、A、S、SS、SSSの順で上がっていく。最下位のEランク居住条件はレベル上限が100程度。ぼくのレベル上限は1。


 つまり、最低のEランクの町に住む価値もないってことだ。


 ……エアヴァクセンに住めなくても、両親の血を継いでいればせめて1000はあって、A~Bランクの町には住めると思っていたけど。


「……これから、ぼく、どうやって生きていけばいいんだろう……」


 町を出る新成人は、エアヴァクセンが出す身分証明と、紹介された町へ行くまでに必要な分と暮らし始めるまでに必要な分が町を出る資金として与えられる。あとは両親が用意してくれた私的持ち出し物。それも町の審査がいる。SSランクの町の品物をランクが下の町へ持ち出されたら困るということで。


 ところが、ぼくには身分証明もお金も与えられなかった。


 行く町がないから、という理由で。


 両親が行く町も当てもないぼくの為に持たせてくれたのは、サバイバル道具一式と、「必ず火が付くほくち箱」と「水の尽きない水筒」だった。


 人のいないところで生きていくには必要だからと両親が拝み倒して許可を得たものだ。


 ……森かどこかで生きて行けってことか。


 住む町がない侘しさ。行く当てのない寂しさ。


 世界のどこにもぼくの住める町はない。


 一人で生きていくしかないってことだ。


 ……悲しいなあ。


 涙がにじんできた。


 レベル1でMaxのスキルって何なんだよ。スキル名は結構役立ちそうだったのに、レベル上限があんまりだ。何もできないって言ってるようなもんじゃないか。


「お兄ちゃん!」


 やべ、幻聴まで聞こえてきた。


 アナイナ、ぼくが追い出された時泣いてたな。なんでお兄ちゃんを追い出すのって町の役人に訴えてたなあ……。


「お兄ちゃんてば!」


 ん?


 今の声、確かに鼓膜に響いたぞ?


 幻聴じゃ、ない?


 僕は顔を上げて、声のした方を見た。


 栗色の髪に青い瞳。ぼくと同じ配色なのに、僕と違って可愛らしく見える妹。


「アナイナ!」


 背にたくさんの荷物を担いだ、ぼくのひとつ下の妹、アナイナが、ほんわか笑顔でこっちを見ていた。



「何でここに?」


 呆然と聞いたぼくに、アナイナは笑顔で応えた。


「も〜、お兄ちゃんたらわたし一人おいて出てくなんてひどいよ」


「答えになってにない」


「町を捨てて出てきたの」


「お前、まだ子供だろうが!」


「一つしか違いませ~ん」


 ぼくをからかうような言葉の使い方に、……正直言って、ぼくはイラッとした。そして、怒鳴りつけた。


「成人式を終えてないお前が町を出たらいけないんだぞ!」


「お兄ちゃんのいない町なんて、いる意味ないよ。わたしはお兄ちゃんと一緒にいたい」


「だから!」


 ぼくのスキルは何ができるかまださっぱりわからないけれど、魔物や賊から妹どころか自分自身さえ守れるような力じゃないだろう。


 妹は当然成人じゃないからスキルはない。剣術とかを学んでいるわけでもない。つまり自分の身を守れない。


 可愛い大事な妹に言い放つには厳しい台詞だけど、アナイナに現実を見てもらわなきゃならない。


「お兄ちゃん、わたしが大事じゃないの?」


 うるうると見上げてくる瞳。昨日までのぼくだったら、「分かった、ぼくが何とかするから」と安請け合いしていただろう妹のおねだりの目。


 大事だ。大事な妹だ。


 だからこそ。


「ハッキリ言う。お前は足手まといなんだ」


 キッパリと言った。心を鬼にして言った。


 だって、つい昨日までぼくの後をついてきて、何かあったら「お兄ちゃん助けて!」って泣きついてきた妹だぞ。


 だけど、もう立場は違う。


 エアヴァクセンの仮住人と、町を追放された用無し。


 アナイナを守るどころか自分の身が危うい状態。


 ぼくは、頼れるお兄ちゃんじゃない。今日寝る場所すらない放浪者なんだ。


「ぼくがぼくの足手まといなのに、お前まで養っていける余裕はない。分かったらさっさと町に戻れ」


 だから、諦めて、回れ右して、エアヴァクセンへ帰って。


 お願いだから!


「やだ!」


 アナイナはきっぱり言い切った。


「お兄ちゃんと一緒じゃないと帰らない!」


「ぼくは帰れないんだ! ぼくはもうエアヴァクセンの人間じゃない!」


「だからお兄ちゃんと一緒に行く!」


「ダメ!」


 ああもう、このワガママで可愛い妹は!


 こうなったら、一旦エアヴァクセンまで戻って、アナイナを引き取ってもらおう。


 ぼくは追放者だけど、アナイナはまだ仮住人だ。引き取ってくれるだろう。


 仮住人は将来町に相応しい住人になるかもしれない希望の種。連れ戻すのに否はない、はず。


 ぼくが戻れば嫌な顔をされるだろうけど、妹を引き渡して回れ右すればいい。


 追放される時「エアヴァクセンからできるだけ離れろ」と言うご命令が下ったけど、これは仕方ない。うん、仕方ない。


「分かった。戻ろう」

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