第82話・三人きりの誘拐犯
声の主の姿は見えないけど、相当頭に来ているのは分かる。
「一生でも閉じ込めておけば? ぼくが死んだ時点で何も手に入らないことが確定なんだ。こちらはグランディール町長の意地に賭けてもイエスとは言わない。監禁でもなんでもすればいい」
「ク・ソ・ガ・キ・がああ~!」
ピーラーが切れる寸前。でも、まだここから出す気はないらしい。
いや。
……出せない?
町長の仮面のおかげで冷静な頭が、一つの答えを導き出す。
サージュが語ったピーラーやデスポタの性格からして、拉致する時に一発ぶん殴った程度じゃ気は済まないはず。
なのにこの空間に閉じ込めて、手出しをしない、ということは……?
……そう。手出しをしないんじゃなくて、出来ないということじゃ?
閉じ込めたら出せない? いやそれじゃ最初からぼくをここに閉じ込めたりはしないはず。町民を取り戻すにもシエルを連れていくにもぼくのサインと印が必要。だけどこの空間には契約書もペンもない。契約書を書くには一旦ぼくを外に出させないといけない。いずれはぼくを出さなきゃ二人とも目的達成できない。
なのに出さないってことは……。
……いや、ちょっと待て。
この二人、あの時、言ってたよな。
ってぇことは……。
「残った町民にも見限られた気分はどうです、デスポタ町長?」
「な?!!」
「あと、追っかけはどうしましたピーラー氏?」
「ぐ!!?」
……この声の調子だと……予想通り……。
「やはり、外にいるのはお二人だけ……お二人の身を守る誰かも、手伝ってくれる誰かもいないということですか」
ぼくは喉の奥で笑ってやった。
「まあ……そうでしょうねえ。
「でっ、
「ピーラー氏のお連れの方々がいらっしゃらないのも、長い間尽くした人間を役立たずとあっさり切り捨てたせいでしょうね……。哀れなことだ。一人切られれば次は自分の番かも知れない、だったらこっちから捨ててやる、そう思った人は案外多かったんでしょう……。Dランク以下の町長と二人してやっと成人になったばかりの人間一人拉致するために自分の手を汚すなんて、世界一とも言われている俳優のやることではありませんね」
「見てきたようなことを言うな! 今回は不要だから一人を除いて外しただけだ!」
「ええ、ええ、失墜した
「~~~~~~~~~~!!!!!」
ビンゴか。
外にいる二人は、今は本当に二人きりなのだ。
もうちょっと早く気付くべきだったな。仮にも俳優のピーラーがぼくの後頭部を直接殴るなんて、俳優としてのイメージもダウン……つまり、この二人と移動役のもう一人しかそこにはいなかった。そして、今もいないんだ。
デスポタは確実に残った町民にも見捨てられたんだろう。誰も今回の町民奪還計画にはついてこなかった。
ピーラーは……こっちはぼくの予想とは少々ずれてたけど、確かに世界一と呼ばれ金も名声も唸るほどにある俳優が仮にも町長を拉致監禁して脅す姿を見られるのはまずいのは良ーくわかる。多分移動系と探知系、ヴァリエみたいなスキルの持ち主で、口が硬いのを一人だけ連れてきたんだろう。
そして、ぼくを出したら、ぼくが何をするか分からない。
だから、ここに閉じ込めて、完全にぼくの心をへし折って、契約書にサインさせるつもりだった。
予想外だったのは町長の仮面だな。
心の中で着脱するこの仮面は、着けたその瞬間から町長として最善の振る舞いが出来るようになる。そう、捕まって、脅されても、理想の町長として……ぼくがこうありたいと望んでいる町長をやれるんだ。
ぼくがここでやりたいのは、脅されても怯えず
仮面がなければ、こんな暗い場所で悪口浴びせられたら、泣いて謝ってたかもしれないけどね。スキル「まちづくり」は理想の町長まで作るものらしい。ありがたいねえ、感謝感謝。
でもそんなぼくの心の中が見えないデスポタにとって、ぼくは真っ暗闇で平然とやり取りできる、恐らくはデスポタがこれまで閉じ込めてきた人間の中でも初めての「屈しない存在」だ。
何処まで屈しないか試す気かな?
「やれやれ……町長誘拐の罪を犯すには、覚悟が半端なのでは?」
ぼくは仰向け(?)に寝転び、言ってやった。
「は?」「あ?」
「あなた方の際限のない悪口合戦は聞き飽きました。せっかく暗くてのんびりできる空間があるのですから休ませてもらいます。まだ後頭部も痛いので」
「待て、おい」
「私の扱いが決まったら教えてください。そうしたら起きますから」
「寝る気か! 正気か貴様!」
「正気も正気ですよ。お二人で私を脅す手段を考えてください。どのみち私はここにいる限り何もできないようですから、お二人の口喧嘩を聞きたくなければ寝るしかないので」
無音。二人が必死で頭を巡らす姿が見えるようだ。
「では、失礼して」
「ま、て!」
デスポタの裏返った声。
「と、取り引きと行こうじゃないか。ファヤンスはこわっ……いや、貴方の物にしても良い。町長も貴方で良い。その代わり……」
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