第466話・ウサの湯から(ヴァチカ視点)
さて、テイヒゥルの先導でウサの湯に来たはいいけれど。
このヒト(人じゃないんだけど)、ウサの湯で喜ぶんだろうか。
もうね、ワクワクがね。伝わってくるの。
何があるの? 何見れるの? 何してくれるの? ってワクワクが。
うん、グランディールに来たばかりの頃のあたしにそっくりだから分かる。
これから何が起きるかをとっても楽しみにしている。目の前にキラキラしかない感じ? うん、分かる。分かるけどね。
……あ~あたしたちが来た時の町長こんな気持ちだったのか~。生きるか死ぬかから脱出できて、期待でいっぱいのしかも神に仕えるって意識でいっぱいの
おまけに今回は闇の精霊神とか大陸の存亡とかって問題が肩にのしかかってきてる。
町長はいつも笑顔で堂々としているように見えたけど、結構気苦労が多かったんだなあ、と認識を新たにしてますね、あたし。
ある日突然精霊神様が来て勝手に町を乗っ取りしたのを、苦労して宥めすかしてペテスタイの人たちを助けて町取り戻して。
そしたら今度は闇の精霊神が来てもてなせって言うんだもんなあ。
あたしが町長だったら逃げてるし、マーリチクだったら胃を壊して倒れてるよ。
「で、ヴァチカ?」
おおっと、ご指名。慌てて意識を引っ張り戻す。
「なに?」
「ウサの湯のウサって、これ?」
ウサの湯の入り口で、フォンセが真ん丸にした目で入り口のウサギの像を指差している。
「そー。それもウサ」
「ウサギかあ」
興味津々の目でウサギの目を覗き込むフォンセ。
「ウサギ好き?」
「あら、忘れた? 私はこの大陸の生き物の半分近くを生み出しているのよ? だから生き物はあのアレ一柱で創ったんじゃない限り可愛いわ」
「ウサギも?」
「そ」
満開の笑顔で頷くフォンセ。うん、こう言うところは何かアナイナと似てる。顔はスヴァーラに似てんのにね。印象はアナイナだね。
笑ってすたすた歩いて入っていくフォンセ。慌ててスヴァーラと後を追いかける。
「きゃあ!」
悲鳴と思って飛び込んだら、きゃあきゃあ弾む声をあげているフォンセがいた。
「ウサ! ほんとにウサ! ウサギいっぱい!」
あ……うん、喜んでくれたならよかった。
「すごいすごいすごい! 全部同じウサギなのに、表情も全部違うの!」
「あー……シエ……もとい、デザイナーが喜ぶわ」
デザインしたシエルは褒められるの大好きだからねー。このテンションで褒められたらシエルきっといい気になるね。だからこそシエルの名前は言えない。
何でって? シエルがいい気になるからに決まってんじゃん。
「可愛い! とっても可愛い! きゃあ、大きいの!」
はしゃいでいるフォンセの前に、大ウサが現れた。見た目は可愛いけど、いたずらっ子なんかを捕まえて放り出すのが仕事のウサ。
「お風呂で大声を上げてはいけませんよ?」
「きゃあ、喋った!」
注意されたにもかかわらず、フォンセははしゃいでいる。
「フォンセ、お風呂ではしゃぐと追い出されるからね?」
「あ。ゴメン。ゴメン。ウサさんも、ごめんね? お風呂ではしゃいじゃいけないんだよね?」
にっこり笑って言うフォンセ。
「気を付けてくれればいいんですよ?」
ウサもスッと身を引く。ここのウサは反省している様子があれば大人しく引いてくれるんだよね。
「湯ってどうやって入るの?」
「まず服を脱ぐ」
「それくらい分かるわよお」
「ワーワー待って! ちょっと待って!」
何のこだわりもなく服を脱ぎだしたフォンセだけど、ここは入り口! まだ着替え室にも入ってない! ここで真っ裸はダメですよ!
……うん、相手が人間の常識の外にいるってことを忘れてました。妙齢の女性が服を脱いでいいのは女の人しかいない所だけだからね? フォンセ、自分が逸れに当てはまる存在だってこと忘れないでね?
そして、テイヒゥルを見張りに残して、イン・湯。
あ~気持ちいい~。
フォンセは?
チラッと横を見ると、フォンセはお湯に浸った自分の手をじっと見ている。
「どしたの」
「不思議だなーって思ってね」
「何が?」
「人間の体って、お湯に浸かるだけでこんだけ柔らかくなるんだ」
感心したように、ふやけた指を見るフォンセ。
「生き物は大体適温のお湯に浸かるとほぐれます」
スヴァーラが妙に硬い声で今日初めて喋った。
「そうなの?」
「ええ。オルニスもですから」
ちなみにオルニスちゃんは桶にぬるめのお湯を入れてもらってお湯浴び中。
気持ちいいかと思ってみたら……これはあれだ、緊張を解そうと必死なんだ。
エキャルとか伝令鳥もフォンセの気配に敏感で、前来た時は怯えてたって言うからね……。オルニスなんかにしたら緊張の塊だもんねえ。でもスヴァーラの傍にいたくて必死なんだ。
「湯ってだけで?」
「薬湯もあると言えばありますけど」
固い声のスヴァーラ。
「あなたには必要ないんじゃ」
「行ってみたいなーって思うけど。体の具合が悪い人じゃないとダメ?」
「ダメではないですけど、疲れ果てている人とか体が痛い人とか。そういう人たちのために造られた湯ですから」
「ちぇー」
ちょっとブーたれて、それでもただのお湯を興味津々の目で見ているフォンセ。
時々様子見ウサギの彫刻とかが見に来るけど、その度に手を振ってる。
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