第465話・客来訪
翌朝、八の刻……のちょっと前。
ぼく、スヴァーラ、ヴァチカの三人で、門の前に立った。
ぼくが来たのを確認して、当番のキーパは上昇門を下ろす。
相手は門なんか気にせず直接町の中に入れるんだけど、人間として振舞うし人間として楽しみたいからとちゃんと門から来る……はずだ。精霊って嘘つけないから、言葉にした約束を破ることはない。
で、「八の刻に来る」と言ったら何があっても八の刻ジャストに来るのは分かってる。少し早く来てそれを待つのは礼儀ってもんだ。
スヴァーラとヴァチカの目線が、時計塔に行っては戻る。うん、分かる。相手が時間ぴったりに来るのが分かっているから余計に気になる。でも時間になたら鐘がなるんだけどね。
朝のこの時間は仕事が始まり学問所も始まる時間。鐘が鳴るまでに行くべき場所に行かなきゃだから、ほとんどの人は家にいない。もちろんこの時間に歩いていると遅刻になるから道も人がいない。
ごーん……ごーん……。
八の刻の鐘がのんびりと鳴る。
と、上昇門が光を放った。
しゅう、と光が消えて、その後には黒い髪に黒い瞳の若い女性が立っていた。
「来たわよ」
にっこり笑う女性。
「失礼ですが、身元確認を」
キーパが一歩前に出る。
フォンセ、怒らないか? いきなり名前を言えと言われてキレなきゃいいんだけど。
だけど、そんな心配は杞憂だった。
フォンセは笑顔でキーパに向き直る。
「フォンセ・オプスキュリテ。放浪者」
キーパが確認の為にチラリとぼくに視線を送る。
ぼくは頷いた。
「はい、どうぞ」
キーパが大柄な体を引いて入り口を通す。
「はーい」
改めてこっちを見て笑ったフォンセ。
スヴァーラが気に入りの顔というだけあって、スヴァーラの姉妹と言われても信じられそうな顔立ち……にプラスしてアナイナに似た印象がある。多分悪戯っぽい笑顔が原因なんだろうけど。
「はいいらっしゃい」
ぼくは首を竦めてフォンセを出迎えた。
「何、嬉しそうな顔くらいしなさいよ」
「ぼくが嬉しそうな顔を作ってあなたが喜ぶならね」
「う~ん。あんまり喜ばないかも」
「ならいいじゃないか」
そうね、と納得したように頷くフォンセ。
「で、この二人が今日町を案内する」
キーパに聞き耳をたてられても困るので、歩きながら紹介。
「スヴァーラと、ヴァチカ・バーン」
「何であいつの聖職者が?」
露骨に嫌そうな顔をするフォンセ。
「いいじゃない。あの方の聖職者だったら何か嫌なことある?」
ヴァチカがニッコリ笑顔で言う。
「あの方って言い方が嫌」
「じゃああのアレ」
ぷっと噴き出すフォンセ。
「あのアレ! ……あのアレ!」
身体を折り曲げて、大爆笑を堪えているような顔。
「あなた、あのアレの聖職者なんでしょ? あのアレって呼んで大丈夫なの? 信仰失ったからって罰されたいの?」
「呼称程度で怒る神様ならいらない」
ぶふーっと笑ったフォンセ。
しばらくひっひっひっと引きつるような息をして笑って、そして顔を上げた。
「そうね、そう言われたらあのアレも認めるしかないものね。あなた、なかなかいい性格をしてるんだ」
笑い過ぎて浮かんだ涙を拭って、フォンセはヴァチカに手を差し出した。
「いいわ。あいつの聖職者だけどあなた気に入った」
「ありがと」
ニッと笑ってその手を握るヴァチカ。うん、古い友達が会いに来た感じで、と言ったそのまま。
これまでスヴァーラが言葉を発していないのが気になるけど。
「じゃあ、何処案内してくれるの?」
「その前に、動物とか好き?」
「嫌いじゃないわ」
「じゃあウサの湯と猫の湯を」
「ウサ?」
「ウサギ」
「ウサギがいっぱいいるの?」
「ウサの湯にウサギはいない。ウサギの姿した絵とかぬいぐるみとか彫刻とかが暴走する客を放り出す湯」
ぶふー!
またもやフォンセが噴き出した。
「客を! 放り出す!」
「うん。ルールを守らない子供を家まで追い出したり、酒入って湯に入って寝るような大人を湯から引きずり出して医者に放り込んだり」
また体を折り曲げて笑うフォンセ。
「猫の湯は猫がいっぱいいるけど」
「へえ? 猫がいるだけで人が来るの?」
「少なくとも二人ヘビーユーザーを知っている」
「へび……?」
「超常連」
「へえー」
まあ猫は嫌いじゃないけど、とか言いながら大通りを進む。
「じゃあ、ここから先は三人で」
「ウサの湯と猫の湯の案内ね」
ヴァチカが頷く。
「クレーは来ないの?」
「行かない」
「なんで」
「一応湯は男女別です」
「町長特権とかで入ればいいじゃない」
「そんなことに町長特権を使うような町長はあっという間にクビだ」
「えー」
「後から合流するから」
フォンセを宥めると、彼女は首を竦めて頷いた。
「しょうがない。それがこの町のルールだって言うなら」
「納得してくれて感謝です」
「じゃ、こっちは任せて」
「じゃああとで」
スヴァーラが肩のオルニスの頭を撫でながら緊張した目線でぼくに訴えてきているのは華麗にスルーして、僕は会議堂の方へ向かった。
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