第137話・スピティとエアヴァクセン

 フューラー町長は椅子に腰かけて、目を細めてぼくを見た。


「失礼ながら、デレカートやトラトーレに聞いたのとお姿が……」


「ええ」


 町長のぼくは苦笑する。


「色を変えました。本来は栗色の髪と青い瞳です」


「もしかして、私が送った伝令鳥に関係することですかな?」


「ええ。まさにその通りです」


 ここでは嘘をつかないほうがいい、むしろ、弱みを見せたほうがいい。


 それがアパルとサージュの意見だった。


 フューラー町長は恐れているかもしれない。ファヤンスを併合してしまったグランディールを。


 家具の町として知られるスピティに素晴らしい家具を持ち込むグランディール。いつ何時、スピティから職人を奪われるとも限らない。そういう恐れを持っていてもおかしくない。なら、こちらの弱みを握らせて、安心させるのがいいだろう、と。


「では、貴方がミアスト・スタット町長が探している追放者クレー・マークンと同一であると思ってよろしいか?」


「ええ」


 ぼくは軽く苦笑する。


「追放しておいて後から有力そうだと連れ戻されるのは御免ですので。せっかくグランディールがここまで育ったというのに」


「確かに……ここまで育った町を、生まれた町なのだから譲れと言われても、納得は出来ないでしょうな」


「お判りいただけますか」


「ええ」


 フューラー町長はチラリと窓を見る。その下ではグランディールの陶器を買おうという人たちや売ろうとするみんなが大騒ぎしている。微かにだけどその賑やかさがここまで伝わってくる。


「庶民の手にも届く陶器。そのアイディアは素晴らしい」


「素晴らしい……ですかね?」


「ええ。それだけで購入する層が増える。もちろん下層部の儲けはわずか、……しかし成人してよいスキルが出て、上層部と呼ばれる存在になれば、よいものを、と思う。その時、小さい頃愛用した椀、その面影の残る芸術品を手に取りたいと思うときもあるし、よりよい椀で食をしたいと思う者もいるやも知れぬ。そして、それを見た他の者たちはあの上に行った者の愛用する椀と同じ町の椀を欲しいと思うやも知れぬ」


 フューラー町長は組んだ指の上、暗褐色の瞳をこちらに向けた。


「やり手ですな」


「いえ、周りの皆が有能なだけです」


 チラリと背後に視線を送ると、無表情のアパルとサージュ。


「集まる者が優秀というのも、また町長の資質。そして、そういうところを警戒してもいるのでしょうな、あの男は」


 


 すぐにぼくたちの脳裏にの姿が浮かび上がった。


 ミアスト・スタット。


 SSランク、エアヴァクセン町長。


「……失礼ですが」


 ぼくはゆっくりと切り出した。


「フューラー町長も、に何か因縁が?」


「…………」


 苦い笑いを浮かべるフューラー町長。


「鑑定の件で二揉め三揉めございまして」


「……一体」


「こちらが鳴り物入りで売り出したSランクソファを、「当町の鑑定師はBランクと見做した」と文句をつけてきたのですよ」


「それは……」


 「鑑定の町」エアヴァクセンがそんなことを言い出せば、商品の価値はずんと落ちる。


「「家具の町」が保証を付けて売り出しても、「鑑定の町」がケチをつければ、それはやはり「鑑定の町」が強い。こちらはBランクの値段で売り出さざるを得なくなった。それだけならば良かったのですが」


「と仰ると、何を……」


「その後追跡調査をしたところ、エアヴァクセンはBランクで売り出したソファを間に商会を通して大量に購入して、布を張り替えただけで売り出したのですよ。SSランクの保証をつけてね」


 さすがにぼくの顔が歪んだ。やることがセコい。かつ図々しい。


「なるほど、「鑑定の町」の質が落ちていると聞くわけだ」


「全く、良くここに来れたものだと思いますよ」


 詐欺さぎで金儲けした被害者の町に堂々と来るとは。


 フューラー町長がこっちに気を配っている……いや好意的ですらあるわけが分かった。


 ミアストの探すクレーが目の前にいるクレーなら、確実にミアストと食らい合う。手を組むなんてありえない。グランディールと言う町を作った若い町長が自分の町の出身だと知ったら、世話をしたとか言い出してグランディールを併合しようと言い出すだろう。そうすれば、グランディールとエアヴァクセンの正面対決は避けられない。


 そうしてどちらが勝って相手の町を併合しても、不安は残る。ならば、スピティに得な相手が勝ったほうがいい。


 エアヴァクセンには痛い目に遭わされている。詐欺の損害は大きい。一方グランディールは無名の時から家具の売買で面倒を見ている。この展示会でも相当の貸しがある。デレカートとトラトーレから聞く限り、グランディール町長は恩を忘れない人間だという。ならば、そこに賭けよう……。


 そんな所か。


「ご期待には応えますよ」


 ぼくは笑顔で言った。


「もう遠慮する理由がない。グランディールとしてはいつ喧嘩を売られても先手を取られないように準備をするだけですよ」


「その言葉を聞いて安心しました」


 ぼくより三倍近く年上のフューラー町長は笑顔を見せた。


「スピティとしてはエアヴァクセンとやり合うグランディールの応援を一生懸命やらせていただきますので」


 町長が立ち上がる。


「これ以上クレー町長を独占していては、他の町長に怨まれますからな」


「お心遣いありがとうございます、フューラー町長の期待に応えられるよう努力します」


 フューラー町長は笑顔を残して出て行った。

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