第136話・ぼくが町長、ぼくが町長

 百人は入れそうな大会議室には、展示台が設置され、上には色鮮やかな絵付をされた陶器が並んでいる。


 目の玉飛び出るくらいの値段はするが、それでもファヤンスよりはお得。


 デスポタ元町長は陶器商売で相当ふんだくっていたらしい。それで逆に陶器が売れなくなって、陶器商会なんかには白い目で見られていたところでぼくが来たので、大手ほど呆気なくファヤンスを見捨てたものだ。


 ここで接客や売買をしているのは、そんな元ファヤンスでトップクラスの売り上げを叩き出していた人たちばかり。もちろん上流階級相手に商売していたのでSランクの町長が来ても怖気おじけづかない。


「準備は」


「整っております、町長」


 こっちはまじりっけなしの金の髪の男、アイゲン・フェアムーゲンが胸に手を当てて一礼する。


 彼は元はファヤンス一の陶器商会、フェアムーゲン商会の長で、ぼくがファヤンスから出たい人を募集した時、雇っている職人、関係者、その家族、全員の安全と平穏な暮らしを条件に乗り換えてくれた。ファヤンスに人がほとんど残らなかったのは、フェアムーゲン商会の乗り換えのおかげだ。そして、若いぼくを見て、見下すことも驚くことも呆れることもなく、そのまま町長として受け入れてくれた。アイゲンが町長と認めたから、と受け入れたファヤンス町民もいるんだから、本当にありがたい。


 そして、展示会の経験もあるアイゲンは、経験と知識を生かしてこの場をセッティングしてくれた。


 本当に、この道のプロが動いてくれるって言うのはありがたい。


 ついでに言うと宣伝鳥に持たせた案内状もシエルの意見を取り入れながらアイゲンが作り上げた。本当にありがとうございます。


「挨拶を終えたら、町長は面会室へ。町長とのご面会を望む方は順番にお通しいたしますので」


 面会の順番は前もってくじで決めた。その上で何日の何時からと展示会前に連絡してある。だから今いるのは初日に決まった町と、商品が減ってから見るのではと見に来た町。


「任せた」


 アイゲンはこういう展示会を何度もやって、ランクの高い町の関係とかを握ってる。任せておけば問題は起きないはず。


 ぼくは町長の仮面を心の中で被る。


 ぼくは町長。新鋭の町グランディールを率いる若い町長。冷静で、動揺せず、浮つかず、自分の立場を弁えている。


 よし……よし。


 通りがかりに鏡が飾られていたので、久しぶりに自分の顔をしっかり見る。


 見慣れた顔じゃない。金にも近い赤茶色の髪と、翡翠に似たみどりの瞳。町長の仮面を被っているという意識のおかげで薄い笑みを浮かべてこちらを見返すグランディール町長クレー・マークン。


 ある意味、この色を変えるというのも自分をコントロールする方法なんだな。


 違う自分と言うのを強烈に植え付けられる。

 

 よし、大丈夫。


 グランディール町長は他の町長には負けない。


 例えそれがSSランクの町長だろうと負けない!


 笑って見せると、鏡の向こうの自分は自信ありげに微笑み返した。


 大丈夫。この笑顔があれば。


 うん、と頷いて、ぼくはスタッフに集合をかけた。


「今から始める展示会は、グランディールを正式に世間に知らしめることでもあります」


 ぼくの言葉に、スタッフが一人一人力強く頷く。


「もちろん、皆様はこのような展示会のプロで、私はそれを全く知らない素人。素人がプロの方に語るのは図々しいとは思いますが、これだけ、お願いします」


 全員の視線を受け止めて、ぼくは少し声を強めた。


「グランディールの今後は、皆様にかかっていると」


 スタッフのみんなが、力強く頷いた。


 その時、時鐘が聞こえてきた。


「五の刻……展示会開催です。よろしく、お願いします」



 どやどやと入って来た各町のトップクラスを笑顔で出迎えると、ぼくはアパルとサージュと一緒に面会室に入った。


 さすがはスピティ、ガラス窓がある。いや、グランディールにもあるけど、グランディールの反則技じゃなく普通にガラスを建物に使うって言うのは優秀な証だ。とにかくここから下を見下ろす。


 見下ろした大広場は、人でごった返していた。


 早速商談も始まっているらしく、売り子さんが慌てて担当を呼びに行く姿や、子供が選んだ器を作り手の売り子さんが笑顔で布で包んで渡す姿。


 いいねえ。平和だねえ。


 窓から身を離して、椅子にゆっくりと座る。その背後にアパルとサージュが立つ。エキャルは来たがったけどミアストがエキャルからぼくを連想すると困るから残念ながらお留守番。


 コンコンコン、とノックの音。


「町長。スピティ町長フューラー・シュタット様です」


 ぼくは立ち上がって前に出ると、自分でドアを開けた。


 灰色がかった瞳と同色の髪。どこか怖いものを思わせるが、その口元にたたえた笑顔が、その怖いものを押しのけている。


「やあクレー町長、会えて嬉しいよ」


「初めまして、フューラー町長」


 ぼくは土地を借りている側として、握手して、テーブルまでの短い距離を歩いて、フューラー町長の座る椅子を引いた。


「そこまでしなくてもいいのに。ああだがこれは貴方の好意というものだな。受け取るとしよう」


 ぼくも椅子に座って、話が始まった。

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