第94話・教えること学ぶこと
印は、四角い枠の中に朱色の羽根。線だけを全部残すんじゃなくて、羽根の内側は彫らなかった。そうすれば赤い羽根だって分かってもらえるだろうから。
「良い」
師匠は一言で褒めてくれた。
「町長の個人印としては十分合格点だ」
思わずガッツポーズ!
「町長印のグリフォンと比べても
よっしゃあああ!
空を見るともう夕暮れ。昼ご飯も食べずに集中して印を彫ってたんで、お腹空いた&喉乾いた。
「師匠。町の子供たちが成人した時に、印の彫り方を教えてあげて欲しいんです」
ぼくは頭を下げた。
「ふむ?」
師匠は難しい顔。
「かなうなら、成人式の終了後に印を作る授業を」
「……む、町の外へ出す者にもか?」
……あ、まだ周知してなかった。
「新成人は、スキルでどのような結果が出ても、それを理由に町の外へ出すことはありません」
「む」
「成人が町を出るのは、当人が望んだ時だけです。町で生まれた子供は生まれた時からこの町の者で、この町に住み続ける資格があります。犯罪を犯したり決まりを守らなかったりしなければ別ですが」
「この町は町スキルが高いから、今はともかく将来的にはスキルで町民を選ぶかと思ったが」
「それだけはしません」
ぼくは師匠の目を真っ直ぐに見て、断言した。
「ぼくのスキルのレベルは1、上限が1です」
「…………」
「そのぼくが作る理想の町は、スキルなどで町民を選ばない……それが一番の原則です。町に住んで働きたい。そう思ってくれる、町に溶け込んでくれる人ならば、どんな人だろうと受け入れます」
「……そうだな、でなければクイネほどの男を惜しげもなく食堂の親父になどしなかっただろうな」
「だから、新しく成人となる人たちが満足できる印を彫らせてあげたいんです。あとで失敗したとかやり直したいとかいう人が減るように」
「むう」
「……ダメ? ですか?」
「クレー町長」
ダムガ師匠は深々と頭を下げた。
「新成人の印造りが失敗しないようにと言う心遣い、この儂の彫り方を自ら学びに来て、一町民にすぎぬ儂に頭を下げ、教えを乞うてくれる。ファヤンス……いやグランディールは良き町長を選ばれた」
「師匠……」
「いやいや、ダムガと御呼び捨てくださいませ。このダムガ・ミュヒュル、残りし人生を、町長に与えられた仕事に尽力いたしましょう」
「よろしくお願いします!」
ぼくはもう一度頭を下げた。
「で、ダムガ師匠は印彫り教師を引き受けてくれた」
自分で彫った印を手の中で転がしながら、会議堂でぼくは頷く。
「偏屈と言う噂が立っていたな」
「いや、それ顔が気難しくて本人言葉少ないから誤解されてるだけ。仕事には妥協しないし教えることは教えてくれるし。ほら、これ」
手近の紙に印を押す。
広がる朱色の翼。
「ほほう」
「なかなかいいね」
サージュとアパルが感心したように印を見る。
「失敗して頼むから彫り直させてくれって泣く人が減るだけでも十分授業の意味はあると思う」
「未成年学問所の授業に入れよう」
「ああ」
「? 未成年学問所?」
「そう」
アパルが頷き、サージュが説明する。
「俺たち前期組は町での住み方に慣れてないし、ファヤンス組はスキルに合った勉強しか学ばされていない。やりたいことはあるけどやり方がわからないというパターンが多いんだ。グランディールで何でもできると知って、何をやろうとなって、やりたいことのやり方がわからない、と言うパターンが多い」
「ああ~……」
「だから、専門職の基礎を教える成年学問の場を作れないか、と言う要請が来ていてな」
「そうだよな……やりたい仕事が出来るっていうなら、仕事のやり方も教えないと……」
「とりあえず、今は畑、家畜、料理、パン焼き、陶器、教師、掃除、洗濯、裁縫……」
サージュが指折り数えていく。
「料理も?」
「クイネは幼い頃から食堂に通ったりして勉強させてもらっていたんだ。何でも小さい頃から絶対自分は料理系スキルって思い込んでいたらしくて」
「それで絵付スキルで料理やらせてもらえなかったんだ……」
気の毒だ。
「だから、料理を教えることならできると言っていた。絵付は死んでもやらないとは言っていたけど」
「洗濯とか裁縫とかって必要? 縫製所から町スキルで出るのに」
「必要。他の町に行ってどうしてこの町は服が出来ないとか言ってしまったらどうする。だから機織りと裁縫はある程度以上の人間が出来るようにしたい。洗濯はもっとだ」
「町スキルがダメってことは、建築とかは?」
「要するに、大工仕事の基本を教える人間がいればいい。家具や服は町長の指示がないとできないけど、家は基本的に住民票に名前が加われば勝手にできるだろう?」
「ああ、そうか。それでグランディールが広がるから、迂闊に建築関係の人間を入れられないわけか」
「そう。町長が念じることによってできる町スキルは、出来るだけ代替プランを見つけたい。町長不在の時困る」
「……申し訳ございません……」
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