第20話・家具の町スピティ

 ぎぃ、ぎぃと車が軋む。


 牛二頭が引く荷車で、ゆっくりと。


 スピティに向かうのは、サージュ、アパル、ぼく。


 アナイナは行きたいと散々駄々をこねたけど、ヒロント長老になだめられ、まだ未成年が商売に絡んでいると舐められるからとファーレに説得されて、渋々グランディールに残った。


 北の町、スピティの東の断崖地帯。その近くに今、グランディールは停泊している。そこからファーレさん作幌馬車ならぬ幌牛車でスピティを目指す。


 何故牛車かと言うと、牛しかないから。うん、単純な答え。


 サージュが御者席で牛を操り、アパルがその間に荷台でぼくに色々教えてくれている。


 教え込まれているのは、町長らしい振舞い方。


 成人したばかりのぼくは、町長らしくない。言動も、考え方も。


 スキルで選ばれたから仕方ないっちゃないんだけど、町の名声をあげるためにスピティに向かうのに町長が来ないんじゃ話にならない、と言うのがヒロント長老、アパル、サージュの一致した意見。


 で、ゆっくりの牛車の中で、町長らしい言動の勉強中。


 まず、相手が年上であろうとも、町長が町民をさん付けするのは好ましくないとのこと。


 町中ならともかく、町の外で自分の町民に敬称をつけると町民に尻に敷かれていると評価されるらしい。今から売り込む町の長がそんな評価をされると町の評判も落ちるとか。


 詳しい話はサージュさ……じゃなくて、サージュとアパルがする。ぼくの出番は契約の時。グランディールの家具を扱ってもらう契約をスピティの担当者と交わす時にぼくが町の印を押す。それだけ。


 それでも頼れる町長を演じるにはぼくは黙って聞いていて、ゆっくりとした仕草で印を押すこと。それ以外では口を開かないこと。


 鷹揚おうよう、つまりゆったりと威厳がある様を見せないと、それだけでグランディールが舐められる。


 だからこそグランディールの頭脳、サージュとアパルが同行してるんだけど。


 ぼくは懐から印を出して、眺めた。


 いつの間にかぼくの懐にあったそれは、グリフォンだ、とヒロント長老が教えてくれた。


 鷹の頭と翼、獅子の体を持つ魔獣グリフォンは、神々の馬車を引くと伝説に言われていて、町民を導くという意味があるとか。


 グリフォンを町の紋章にする町は多いけど、実はこれが大変。町の印を作るのは町を造るなり町を継ぐなりした町長が絶対にやらなければならない仕事で、町長が不器用だと悲しい結果になり、町の評価にも影響する。町長以外の人間が作った印だと、契約書などに押しても写らないという。ぼくの印は、「知識」のサージュが見て、「並ぶものない印」と保証してくれた。……ぼくもそんな器用なほうじゃないから勝手にできてくれた町スキルに感謝。


 で、この幌牛車も町長が乗っているんで、ファーレが作った時から幌の所にグリフォンの紋章がついている。


「つまり、ぼくは二人の後ろでうん、うんと頷いて、黙って座ってればいいんだね?」


「そう。あと、一人称気をつけろ」


「え?」


「ぼく、じゃ舐められる。私、にしろ」


「私……私かあ」


「今は身内だけでできているような町だからいいが、町民が増えてきたら自分こそがここの町長になるという輩が出てくる。外向けの仮面をつける、と思っておくんだ」


「仮面ね、仮面」


「そう。町長の仮面。ミアストは見習うな、あれは町の外も内も見下している」


「えーと、鷹揚……ゆったりしていて、仕事は町民に任せて、自分は最後の印を押すのが仕事。任せられることは町民に全部任せられる町長?」


「そう」


「……町長も町スキルで作れればいいのに」


「そこは諦めろ、町長は君だ」


 面倒くさい~。


「町長!」


 御者台の方からサージュの声が聞こえた。


 何々、どうしたの? と言いかけて、アパルの方を向いて頷いて、座り直す。


「どうした?」


「スピティが見えてきましたよ」


 ぼくは本当はすぐにでも頭を出したかったけど、我慢して、ゆっくりと歩いて御者台へ出た。


 塀に囲まれた、衛兵が守る門。掲げる旗は木の精霊トレント。


 家具の町スピティ。


 門番が牛車を止めた。


「何の用だ?」


「東の町、グランディールより家具の売り込みに来ました」


「グランディール? 知らんな」


「できたばかりの町ですから」


 サージュは笑顔で如才なく話す。


「町スキルで作った家具を、是非ともスピティで取引したいと」


「見せてみろ」


 門番が幌の後ろに回り込んでくる。


 アパルが笑顔で門番を迎えた。


「見本のタンスとテーブルです」


「ふん……」


 興味なさそうにチラリと見た門番が、もう一回見る。二度見した。いや三度見した。


「何だ、このタンスとテーブルは」


「うちの町で作った家具ですが」


「いや……うん……うん……」


 暗い幌の中で、じっくりと家具を見る門番。


「少し待っていろ。……と言うか、本当にこの家具は町で作ったのか?」


「町スキルで」


 アパルが繰り返す。


「……ちょっと待ってろ……いや、お待ちください」


 門番は幌を飛び降りて、何やらあちこちに連絡を取り出した。


 その間にも他の門番が、同じように家具を持ち込んだ馬車や荷車を見ては追い返したり中に案内したりしている。


「どうやら最上級とは言わなくても結構ランクの高い取引をしてもらえるようですね」


 アパルがニヤッと笑った。

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