第312話・脱出
森を突っ切り、隠しておいたペテスタイへ。
遮蔽物が消えて、広がった視界には残骸のようなペテスタイ……なのは、ぼくが隠しておいたから。隠す力を解いた今は、かつて大陸でも全盛を誇った空飛ぶ町ペテスタイそのもの。だって、ペテスタイの住民の記憶を元に作り直したんだもん。
ぼくの頭には精霊神と怒りと混乱が伝わってくる。
ぼくが反旗を
そうして、自分の僕となることに同意して、大神殿の守りまで任せたペテスタイの民までもが反旗を翻したことへの疑問。
これは精霊神の思い込みだ。ペテスタイの民は誰も精霊神の僕になることに同意していない。間近で放たれる精霊神の強い精気を浴び続けて自我が脆くなり、自分が人間であったことすら危うくなっていたペテスタイの民が拒絶することも忘れていたってだけ。
誰が同意したって? 図々しい。
人間の肉体に宿るために弱めた力を持っているぼくの傍に居て、やっと自我を取り戻せたペテスタイの人たちは皆、大陸に戻ること、ペテスタイで平和に暮らすことを望んだ。
ぼくの九割のしくじりは、一割のぼくが何とかするしかないだろうが。
(点呼! 全員いる?! 来損ねた人はいないよね?!)
ライテルさんがあちこちから伝えられる報告をまとめて、ぼくに頷きかける。
(よし! では、出発!)
ペテスタイが
ゆっくりと、大神殿の大地から離れ、そして東に向かって移動を始めた。
◇ ◇ ◇
(やった……やった!)
小さくなる聖地を見ながら、ペテスタイの人たちが歓声を上げる。
(大陸に……戻れる!)
(いた頃とはずいぶん変わっちゃっただろうけど……でもでも、帰れるんだ!)
五百年も時の流れから切り離されていたみんなが、泣きながら喜んでいる。
(まだ、喜んじゃいけない)
ぼくは西を見ながら、感動に水を差す様で申し訳ないけど警告を発した。
(祭りが終わるまでは精霊神は動けないだろうけど、逆を言えば祭りが終わった途端こっちに飛んでくるってことだ。それまでに、少しでも距離を稼がないと)
ペテスタイは全速移動させている。けど、精霊神の移動速度が分からない。記憶の中から引っ張り出そうとしたけど、精霊神が全力移動をしたという記憶がないんだから何の頼りにもならない。
とにかく、火が消える夜明けまでに日没荒野を越えなければ。
蛍のリュシオルさんが真っ直ぐ東の方向を差し、ペテスタイはそれを頼りに飛ぶ。
日没荒野は精霊神の力で半ば歪み無限の広さを誇っている。ここを抜けるのは精霊神の加護を待つか力技でひたすら真っ直ぐ進むか。今ペテスタイがやっているのは力技。迷わず真っ直ぐ進むことで日没荒野がその覚悟を認め道を通してくれるという。
エキャルもこの荒野を必死で飛んできてくれたんだろう。感謝。でも精霊神になんかされてないだろうな。エキャルはぼくの肉体の中身を見抜くほど賢いから隠れるなりなんなりしてるだろう。もちろん、ちゃんとティーアに手紙を渡してからね。
その時、東の空からこちらに向かってくるものがあった。
半精霊の怯える感覚。だけど違う。これは精霊神じゃない。
(エキャル!)
飛んできたエキャルが、移動するペテスタイとスピードを合わせて併せ飛び、そしてペテスタイに着陸した。
(エキャル! 無事だったか!)
エキャルは嬉しそうに首を曲げて、今はエキャルより小さいぼくの頭の辺りの毛皮の毛繕いを始めた。
(伝令鳥、ですか?)
(うん、とても、賢いんだ。ぼくの中に入った精霊神に気付いて、ぼくを探しに聖地まで来てくれた)
(賢い)
ライテルさんが感心している。
(エキャル、ティーアは無事? みんなは?)
思念を送ってみる。
半人半精霊と違って思念を送り送られることはないけど、エキャルにそんな不穏な意思はなかったのでとりあえずみんな無事だと言うことは分かった。
エキャルが来たってことは、もうヴァラカイが近いってこと。
夜明けまでには荒野を抜けられそうだ。
西の方を見る猫の半精霊に声をかける。
(何か来る様子は?)
(今のところ、ない)
金色の瞳を開かせながらの回答。
(でも、感じる)
(感じる?)
(うん。……困っている精霊神の意識)
困ってる?
ぼくは聖地にいるはずのペローに意識を集中させた。
視覚と聴覚を同調させる。
感じる、大神殿の混乱。
大神殿に招き入れた聖地の民たちを返す術がなく、一人ずつ返すのに、聖地の人たちの家も分からないので困っている。
ツェラちゃんがペローを抱えながら、半ベソで「いつお家帰れるの……?」とマトカさんに聞いている。
これもぼくのやったことだよな。ゴメンツェラちゃん。
マトカさんにペローの視線を向けると、マトカさんはグズるフィウ君とベソッかきのツェラちゃんを相手しながら、一瞬ペローを見た。
ペローに向けた視線がはっきりくっきり「怨むからね!」と言っている。
ごめんなさいです……マトカさん。
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