第313話・何処へ?

 白々と明けていく東の果てに、小さな影が見えた。


 あれは……!


(あれは? あれは?)


 金色の毛の犬にされた子供が、はしゃいで尻尾を振る。


(ポリーティアー)


(え?)


 こっち向いた金犬の黒い目が見返してくる。


(日没荒野の入り口で死出の巡礼に出る人たちを見送った町だよ)


 今は無人だけど。


(え? あれは、大陸の町?)


(うん)


 うわあ……という思念の波と同時に、一気に東側に人……じゃないな、半精霊が集まる。


 落ちないかペテスタイ?!


 ペテスタイは揺れることもなかった。だって半精霊にはほとんど体重ないんだもん。それにここまで来て墜落じゃシャレにならん。


(とりあえず何処へ行こう)


 ライテルさんが不安げに聞いてきた。


(五百年前の町が日没荒野を渡ってきたと知られたら、騒動になるでしょう)


(ええ。それが人間の目に見える半精霊の町と知られたら、色々押し寄せる)


(どこか安全な場所はないでしょうか。我々が人の姿に戻るまで、人目に触れない……)


 困ったな。


 もちろん、グランディールの存在が秘密だった頃には。リューの「場所特定」で、町を隠すのにちょうどいい所を地図に描いてあったんだけど、あれはグランディールにあるから参考に出来ない。


 ……っと。


 そこでぼくが戻ってきた理由を、やっと思い出した。


(ぼくはグランディールに戻りたい)


 ぼくの願いを伝えた。


(この大陸の何処で生きていくのもあなたたちの自由だけど、ぼくの望みは大陸の、ぼくの創った町に戻ることだ。だから……ぼくだけでも、グランディールに行きたい)


 緋色の伝令鳥が、定位置……ぼくのすぐ後ろにいる。その気配を感じると、大陸に戻ってきたと実感できる。ぼくの姿は犬のままだけど。


 精霊神がわたわたしている間に何とかグランディールへ戻りたい。


 でも。


(そこには精霊神も戻ってくる。あなたたちがいれば、また自我を失うかもしれない。だから、ここからはぼく一人だけで)


(ダメ!)


 儚いけれど、しっかりと意思のこもった思念が届いた。


(リュシオルさん?!)


(わたしたちだけが願いを叶えて、もらってありがとう、で、これから先の難問には一人で当たってください、なんて、誰が言えるんですか?)


(そうだ!)


 ライテルさんの思念が入ってくる。


(グランディール町長クレー氏は、我々のために全力を尽くしてくれた。我々に何ができるかは分からないが、我々もクレー氏の為に全力を尽くさなければ、ペテスタイの人間は恩知らずとののしられても仕方ないだろう)


(……皆、どう思う? ぼくを気にせず自分の意見を出して欲しい)


 思念では嘘を吐けない。動揺する心の奥底から直接伝わってくるからだ。


 だから、すぐに分かった。


 ペテスタイの民がぼくにどれだけ感謝しているか、どれだけぼくの役に立ちたいと思っているか。


 もちろん、自分たちを変えてしまう問答無用な力を持つ精霊神に敵対する恐怖もある。


 ペテスタイを直したぼくの力が精霊神の一割なら、九割を持つ相手は自分たちが総掛かりで行っても勝てるわけがない。


 でも、それでも。


 何とかぼくの力になろうとしてくれる意思。


 自分の精霊神への無力さを知っていて、それでも何かしたいと思ってくれる意思。


(グランディールまで送ってくれるだけでいいよ)


 これも嘘偽りないぼくの思い。


(あなたたちの生活を乱す気はないから)


(ペテスタイで、貴方がどうしたか心配しながら生きて行けと言うことだ、それは)


 ライテルさんのツッコミに、ぼくの考えが真っ白になる。


(でも、相手は)


(すべてを創り上げた精霊神。だけど、我々から五百年を奪った仇だ)


(今、グランディールの町長……あなたの本来の体の中には、精霊神が入って、動かしているんでしょう?)


(リュシオルさん……うん、そうだけど)


(町の人たちはそれに気付いてない)


(うん。多分、一人だけ気付いてくれてるだろうけど)


(それを明かしていない、クレーとして町にいる精霊神と、聖獣や神獣の乗ったペテスタイでやってきた犬。人はどちらを尊いと思うでしょうか)


 ん? また難しいことを聞かれた気が……。


(……何事かと思うだろうな)


(わたしたちは間違いなく聖獣神獣精霊虫。精霊神に祝福されたという存在です。そして、あなたのことを気付いてくれている人がフォローしてくれれば、町長の器の精霊神と犬の器のあなた、どちらが正しいかきっと気付いてくれます)


 そうかなあ。


 人間、色々言うけど結局見た目が一番よ? 若造だけど人間の姿してると、精霊引きつれてるけど仔犬じゃあ……。


 つん、と後ろからつつかれて、驚いて振り返ったらエキャルの顔があった。


(心配しないで。疑わないで。あなたがわたしたちに気付いてくれたように、グランディールの民も、きっとあなたに気付いてくれます。わたしたちに気付いたあなたの町の町民なんですから)


 ……そういうもんなんだろうか?


(ああ。町民とは町長の鏡。どこか似てくるものだから)


 ライテルさんがそう考えてきた。

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