第311話・祭り

 空に星が顔を出し始める頃、大神殿の前の大広場に、聖地に住む百数十人という人たちが集まる。


 老若男女問わず、もう既に出来上がっている人がほとんどだ。さすがにマトカさんみたく子供がいる母親なんかはそんな真似はしてないけど。


 彼らが囲んでいるのが、大神殿で切り出された聖木を高く積み上げた祭壇だ。


 何故切ったわけでもないのにそれが分かるかと言うと、日が暮れかかり、何となく全員が広場に向かい始めた頃、唐突に神殿の森から切られた木材が飛んできたのだ。


 それを合図に、みんな集まってきたと言うわけ。


 周りには肉や魚、酒が大量。敷物に使われてるものに心当たりがあって匂いを嗅いでみたら、やっぱりパテルさんの毛皮だった。


 なるほど、捧げた物が返ってきたってわけね。


 そうして、誰が言うともなく、日々の糧を、仕事を与えてくれる精霊神に感謝の祈りを。


 その時、空から火が降ってきた。


 ぼっと、聖木に火が灯る。


 人の手を一切借りずに灯された「聖なる火」は、赤々と祭壇の上で燃え上がった。


 わっと歓声が上がる。


 あちこちで乾杯の声が上がり、木製のジョッキがそこかしこで鈍い音を立て、葡萄酒や麦酒が空けられ、火であぶられた肉や魚が手渡しで渡される。


 素朴で、賑やかな祭り。


 こういうのが精霊神の好みなら、大陸で行われている祭りはお気に召さないんだろうな。


 干し肉をあぐあぐと噛みながらぼくは考える。


 まあ、大陸の人間が全員精霊神の本性を知ったならどうなるか分からない。徹底的に精霊神に反するか、それとも我が身可愛さにおもねるかだ。


 グランディールはどうなるか。


 ……ダメだ、西と東で大喧嘩になるのが目に見えている。


 こればっかりは町長の意見は通らない。聖地を守ることを誇りとした西と、日没荒野の向こうには何もないと判断した東。……血を見るな。


 いや、これは大陸に知られたら、大事になる。


 精霊神を唯一の存在としてその怒りに触れないよう気を使うか。それともそんな神などいらないと人だけで生きていく術を見つけるか。


 それで町の在り方が違ってくるかもしれない。


 はそこまで考えてるのかな? ……まあ考えてないなあ。


 そのは恐らくこの近くまで来てるだろう。精霊神の移動速度がどのくらいのものかは分からない。アレの「移動」をはるかに上回る遠距離瞬間移動ができるかもしれないし、この地までは移動を刻んでこなければならないかもしれない。


 自分の一割があるところに移動可能なら、正直、全部の作戦が、一気に詰む。


 だけどまだ来ていないってことは、「ぼくの所に瞬間移動」はないってことだろうな。うん。そう思いたい。そう思おう。


 その時、宴のにぎやかさも通り越して「あっ!」というフィウ君独特の甲高い声が響いた。


 フィウ君の突き上げた指の先を、全員が見る。


 黄金に光る炎。


 そうとしか表現しようのないものが、東から一直線に走ってくる。


 あれが……光の精霊神、本当の姿。


 生き物の形を取る必要はない。あれこそが生き物を創り出した存在なのだから。


 燃え上がる業火の中に金色の炎が飛び込む。


  ぱしぃん!


 聖木が弾ける音。


 赤々と燃え上がっていた炎は、金の輝きをプラスして煌々と燃え上がる。


 聖地の人たちが一気に立ち上がって、踊り出した。


 そう言えばアナイナが聖女だと知った時、守護者のマーリチクは炎の前で舞った美しい少女を聖女として招くと言っていた。


 ……あれは事実だったな。炎の化身である精霊神にとって、炎の傍の舞は自分を讃える者。美しく讃えた信者を近くに呼び寄せた結果か。……アナイナの場合、ぼくの妹っていうのもあったろうけど。


 みんなが金の炎を囲んで一斉に躍り出した時。


 ぼくは思念で叫んだ。


(今だ!)


 念じると同時に、それまで大人しく座っていたぼくはだっと走り出した。


「ペルロ?!」


 一緒につたない踊りを踊っていたツェラちゃんが手を伸ばす。


 だけど、その手をすり抜けて、ぼくは走った。


 ペロー。二人を頼む!


 ペローが了承の意を送り、ツェラちゃんにじゃれつく。


「ちょ、待って、ペルロが!」


「火の傍を離れちゃダメ!」


 マトカさんが叫んだ。


「金の火から離れる人は呪われるっていうのよ!」


 ツェラちゃんは動けなくなった。


 ゴメン、マトカさん。最後まで結局迷惑かけた。ペローをよろしく。


 パテルさんは酔っぱらってるのか気付いてないけど、フィウ君もぼくを追いかけようとして今度はペローに止められた。


 ツェラちゃん、フィウ君、元気で! 二度と会えないだろうけど、元気で真っ直ぐに育つんだよ!


 チラリと振り返ったら、森から走ってくる、燐光を放つ獣の群れ。


「な、にが」


「聖獣がみんな走ってく……!」


「炎の空を離れたら、精霊神の呪いを受けるよ!」


 この異常事態に聖地の民は混乱しているけど、どうやら祭りの途中金の炎から離れるのは最大のタブーらしいので、酔った頭でも追いかけては来ない。


(このまま、ペテスタイまで! 全力で!)


 応じる思念。そして大きな怒り。でもその主は怒りに身を任せれば自分の周りに集まった聖地の民を巻き込むことになるからそれ以上膨らめない。


 ぼくたちは全力で、直したばかりのペテスタイへ走った。

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