第310話・交わした約束
大神殿の祭りが始まった。
あちこちで火が焚かれ、皆が手を合わせる挨拶をする。
大神殿には常駐する人はいない。精霊神に仕える動物たちが大神殿を守り、精霊神が全てを統べる。……正確に言えば、精霊神に使われている元人間の動物たちが全部任されている。
精霊神が迎えの獣を出した者でないと、大神殿には入れないのだ。
そして、大神殿と聖地を繋ぐ神獣や聖獣、精霊虫などの出番は、祭りが始まってしまえばもうないので、大人しく物陰などで背景の一部と化してその様子を眺めている。
……んだけど。
みんな、ピリピリしてるよ、ピリピリ!
緊張感が半端ないよ! そんな空気出してたら怪しまれるよ!
既に酒が入っている人もいて気付いてない人もいるけれど、敏感な人は何か違うなって勘付いてるよ!
「ペルロ」
声をかけられて、最近ペテスタイの人たちにクレーって呼ばれるのに慣れてたから、自分が今ペルロだってのも忘れてた。慌てて尻尾振って振り返る。
やっぱりマトカさん。気配に敏感な人だから、気付いたんだろうなあ。何とか誤魔化さないと……。
と、マトカさん、ぼくの前にしゃがみこんだ。
「ほら、また、おでこにしわ」
指でグイっと押されて、またおでこにしわが浮かんでいたことを気付かされる。
「あんたも聖獣なんでしょうねえ」
え。精霊神が人間から無理矢理獣に変えて大神殿で扱き使っているのを聖獣というのなら確かにぼくも聖獣でしょうが、でもいきなりなんで?
「今年の祭りに何があるかは分からないけど、森の聖獣も何だかピリピリしてるし。あんたも森の方見ながら心配そうな顔してるし。何か違うことは分かるわ」
ぼくの気配もヤバかった! ていうか森の方見て心配そうだったのを悟られた! ダメだ、ぼくが一番ダメだった! ピリピリしてるみんなを見て心配そうな顔してたらぼくが何か関りがあるってバラしてるようなものだった!
マトカさんは苦笑してぼくを抱き上げて、自分の顔の前まで持ってきた。
「あんたが何をして聖地に来たのかは分からないし、聞き出そうとも思わない。でもね、これだけは言わせてもらうわ」
マトカさん、真剣な顔。何か怖い。
「子供たちは、巻き込まないでね?」
真剣な目がぼくを射抜く。
「あんたが魔獣でも、凶獣でも、闇の精霊の化身だったとしても、構わない。あんたは子供たちを助けてくれた。あんたたちが子供たちを笑わせてくれた。それだけで、あんたを守る理由になる。でも」
真剣に見つめてくる瞳を、真剣に見返す。
「もし子供たちに何かあれば、わたしはあんたを許さない。もちろんあんたにそんな気がないことはよく分かってる。子供を大事に思ってくれて、自分がいない時の為にペローを連れてきてくれたことも。だけど、これだけは言っておくわ。子供たちに何かあったら、わたしは世界中を旅してでもあんたを探し出して、その仕返しをする」
うん。ここから先、何が起きても、それは全部ぼくの責任だ。
ツェラちゃんやフィウ君に何かが起きたら、マトカさんがぼくを怨むのは当然。
もちろん、聖地の人たちに迷惑が掛からないようにしたかったけど、祭りのクライマックスに聖獣神獣精霊虫がまとめて逃げていくんだから、騒動にならないわけもない。祭りを楽しみにしている聖地の人たちを大いに裏切ることになる。それは避けたい。
ペテスタイの人たちは「知らないで自分を扱き使っていた人たちなんて知ったこっちゃない」になる。仕方ないけどね! 聖地の人たちは自分がそういう人たちを獣として扱っていたってこと知らないし!
いやぼくも正直言えばイコゲニア一家以外がどうなってもあんまり気にならないけど!
でもまあ、お世話になった場所を大騒動に巻き込むのは確かなので申し訳ないと思うし、一番めでたい日をおジャンにするのはちょっと心が痛む。悪いのは全部精霊神なんだけど、そんなこと誰も知らないし。
せめて精霊神の怒りが聖地の人に向かないようにすることだなあ。
「ペルロ?」
いけない。余計な事考えてた。
「約束して? あんたが何をしようと構わないけれど、子供たちは絶対、絶対に巻き込まないって」
「わふっ」
ぼくが一声鳴くと、マトカさんは頷いてぼくを下ろした。
「よし。それじゃあ、せめてお祭りが始まるまでは何もしないでね」
何もしませんよ。イレギュラーが起きない限りは。
ぼくとマトカさんが約束を交わしている間にも、酒樽が回り、普段は行儀のいい人たちだろう聖地の人たちも昼間っから酔っぱらっている。
視界をペローに移せば、きゃいきゃいと興奮して駆けまわっている二人と一緒に跳ね回っているペロー。
これなら、ぼくがいなくなっても問題はないかな。
ぼくが望む、聖地にあり続けて欲しいものは、イコゲニア一家の平和だけ。
もし、精霊神がそれに手を伸ばしてくるなら。
ぼくは全力で精霊神を叩きのめす。
もちろん、今のぼくの持てる、全力でだ!
ゆっくりと太陽が赤く染まり出す西空を見ながら、ぼくは固く誓った。
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