第309話・修繕完了

(で……き……)


 半人半精霊たちが歓喜の思念を呼び出す。


(たあ……!)


 目の前には、真新しいペテスタイ。


 壊れた残骸……遺跡にしか見えなかったペテスタイが、生まれたばかりのように生命に満ちている。


(早く! 早く行こう!)


 子供の思念が弾んでいる。


(いや、まだ早い)


 えーっと不満そうな思念。最初は虚ろな人形のような単調な感情だったのが、作業をするうちにどんどん個性が出てきた。明るかったり暗かったりあんまり考えない行動派だったり精霊神に気付かれたらとじっと外を見ていたり。


 それでも、大陸に帰ろうという思いは強かった。


 例え人間の肉体が取り戻せず、肉体のない半精霊として生きることになろうとも、この大神殿に縛られて自我すら失って操られるのはもう嫌だと……自分の自由が欲しいのだと、そう言って。


 その結果がこのペテスタイ。


 精霊神は気付いていない。だから今っちゃ今なんだけど、はマズイ。


(なんで?)


 一人の思念が聞いてきた。


(僕はこのペテスタイで、五百年以上経った大陸を早く見たい)


(精霊神がいなければ、何とでもなるんだけどね)


(え? 今はいないって、あなたが言った)


(ああ、ぼくが言った。精霊神はぼくの創った町を自分の思い通りにするのに一生懸命なんだ。聖地の人と直接顔を合わせるという儀式すら自分の分霊に任せるほどに)


(じゃあ、今)


(だけど、さすがのあいつも、自分の直接治める聖地の祭りとやらに顔を出さないわけにはいかないだろう? 成人式を町長がサボるようなものだ、それをやったら精霊神はこの地の守護者を名乗れなくなる)


(そう、なのか?)


精霊神あいつの知識を掘り返したら出てきた情報だから間違いはない。つまり、あいつはあと数日中にここに帰ってくる)


(なら、余計――)


(余計、まずいんだ)


 ぼくの何とも言えない思念を感じ取ったんだろう。全員が黙ってぼくの次の言葉を待つ。


(祭りが始まるまでは、精霊神の意識はこちらにも向けられるんだ。気付かれたらアウト。ペテスタイを壊されて、……ライテルさんから話を聞いたけど、祭りは聖木を燃やして聖なる火を灯し、その中に精霊神が降臨して、聖地の人々がその周りで踊るのがクライマックスなんだろう?)


(うん)


(なら、精霊神が炎の中に宿って民に囲まれるクライマックスを狙って飛び出せば、精霊神は動けない。……祭りのクライマックスに逃亡者が出たからと言って炎の中から飛び出せば、祭りは滅茶苦茶。楽しみにしていた聖地の人々の期待と信頼を裏切ることになる)


(なるほど、一番聖地の民が精霊神に向いている時に出れば、精霊神も何もできないと言うことか)


 ライテルさんの思念にぼくは肯定こうていする。


(それまでは大人しくしていたほうがいい……黙って何も考えないように)


(大丈夫、貴方から離れれば私たちの意識は遠ざかるから)


(それはぼくが精霊神の一割だからだ。だから残り九割が戻ってきたら、どうなるか分からない。精霊神の九割が思っているように今まで通り自我が封じられるか、それともその力に影響されて自我が出て来るか。ぼくもどっちかと言えない。その時が来てみないと)


(そうか……)


(だから、ぼく以外の影響で自我が戻ってきたら、自我がない振りをしてくれ。精霊神は結局のところ、人間を格下に見てる。人間に足元ひっくり返されることなんてないって思ってる。それを利用して、聖地から逃げる)


(向かうのはあなたの町、グランディール?)


(ところが、そこに行くと確実に精霊神あいつがいるんだよなあ)


 精霊神を崇める祭りが終われば、精霊神はすぐにでもぼくという肉体に戻ってくる。


 本当なら、ぼく一人だけでペテスタイを直し、一直線にグランディールに戻るのが「正解」だったろう。ぼく一人の気配なら、精霊神から隠すことも今なら出来た。そうやって、空っぽの肉体にぼくが入り直し、精霊神を追い出せば、ミッション終了。


 だけどね。


 こんなにも大勢の、ぼくと同じような理由で戻れなくなった人たちを見て、ぼくが一人で帰るって、あり得ないでしょ。


 ぼくは町長。グランディールの町長。人を治める立場にある人間。それが、自分の目的だけ果たして同じ問題を抱えている人を無視するわけにはいかないでしょ。エアヴァクセンの元町長、精霊神の怒りに触れて放浪中のミアストを反面教師とするぼくが、ミアストならやりかねないことをやるのは御免だ。


 だから、ペテスタイの人たちを連れ帰るという義務も自分自身に課した。それが出来なければ町長を名乗る資格がないと。


(クレーさん)


 ライテルさんの思念に、ぼくは我に返る。


(どうか?)


(いや)


 ぼくは考えていたことを掻き消す様に、笑った。


(もう手は尽くした。やれることはすべてやった。残るは神頼みですが、その神に牙を剥こうとしている今、何に旅の無事を祈ればいいのかな、と)


(確かに。精霊神には祈れませんね。なら、私は貴方に祈りますよ、クレー・マークン)


(ぼく?)


(ええ、精霊神の一割で、私たちを助けてくれる存在。ペテスタイの町民はみんな、貴方に祈っていますよ)


 ……重いな。


 自分で選んで課した荷だけど、思ったより期待が重い。


 これは……成功させないとな。

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