第308話・一問一答(ティーア視点)

「一番の最初から」


 俺が小さく息を吐いて告げた言葉に、偽クレー……精霊神は不思議そうに首を傾げた。


「どうしてだい?」


「その前に、クレーはどうしている?」


「私の疑問に答える前に問いを投げるのかい?」


 自分とお前とじゃ格が違う、と言いたげな声。


 だけど、ここで引くわけにはいかない。出来る限りクレーの情報を引き出さないと。


「あんたは俺から情報だけを引き出す気か?」


「そうだけど?」


「だとしたらあんたは人間のことを……少なくとも、俺という人間のことを全然わかっていない」


 言い切ってやると、精霊神は少し眉根にしわを寄せた。


「確かに……君は私の中の予想外だ。私の君に対する評価は、ごく普通の人間。そう私は思っていた。なのに君は私の所に辿り着いた。そうだ、他の誰のことを分かっていても私は君のことを理解していない」


 小さく呟いて、精霊神は顔をあげた。


「では、どのような情報なら、私の疑問に答えてくれる?」


「今、クレーは何処にいる」


「それに答えたら、私の疑問にも答えてくれるかな?」


「一つな」


 無条件に情報を垂れ流すことはないと釘を刺しておく。


「一つの問いに一つの答え。それが対等と言うものだろう」


「仮にも神と呼ばれる存在と対等になりたいとは、不遜ふそんだとは思わないのかい?」


「俺は誰に対しても対等でいたいと思う。情報もだ。一方的に引き出されるだけなんて我慢がならない。俺の情報に値すると思うだけの解答を出してくれれば、俺も見合うだけの情報は寄越す」


「それが君の言う対等か、なるほど」


 精霊神は薄く笑う。圧倒的勝者の余裕の笑み。


「クレーの顔でそんな笑い方をするな」


「それは失礼」


 精霊神は笑顔を引っ込めると、ゆっくりと言った。


「では君の一つの問いに答えよう。クレー・マークンという人間は、今は君たちが聖地と呼ぶ地にいる」


「日没荒野の向こうか?」


「そう。だから君が探しに行くことも連れ戻しに行くことも出来ないよ」


 笑ってそう言って、そして精霊神はふと笑みを消した。


「おや、気落ちする様子がないが」


「なるほど、あんたは俺を気落ちさせる気だったか。それは残念だったな」


「ああ。君が落ち込む顔を見たかった」


「悪趣味が」


 エキャルが行き来するのにずいぶん時間がかかったことから、精霊神が誰でも行けるような場所にクレーを置いていないと知っている。落ち込むわけがない。


「あんたが俺の落ち込む姿が見たくてここまで来たのか?」


「ふむ、うん、それもあるな。小生意気な人間が心折れる様を見たかったのは否定できないな」


 精霊神はとんでもなく悪趣味だと分かった。知らないで精霊神を拝んでいた昔の自分に見せてやりたい。


「話を戻そう。あんたは俺の問いに答えたから、俺もあんたの問いに答える」


「私の問いに、君は答えたんじゃないのか?」


 少し考えて、さっきの悪趣味な内容かと思う。なるほど、アナイナの言った通り、嘘はつけないんだな。


「一番最初のあんたの問いだ。二番目の問いには答えを返したが、最初の問いには答えてなかったからな。クレー・マークンに成り代わるのに、何処から間違っていたか、か。決まってる。最初の最初からだ」


 精霊神は無表情で聞いている。


「クレーのスキルの万能具合から見て、その生まれにはあんたが直接関わっているんだろう。クレーを使って、新しい町を、大陸に作ろうと思ったんじゃないのか? で、クレーが望まない方向に行ったから、あんたが直接介入してきたんだろう。違うか?」


 無表情。答えを返す気もないんだろう。まあいい。


「生まれる前のクレーとあんたとの関係は聞こうとは思わない。ただ、生まれる前の、クレーという名前のない、あんたの僕だった頃より、あんたから離れて生まれて、たくさん悩んで、迷って、泣いて、怒って。そうした人間としての生が、今のクレーにとっては大事なんだ。かけがえのない、親に等しいあんたにだって介入されたくない、宝物なんだよ。クレーがそう思った時点で、クレーとあんたの繋がりは切れた。あんたとクレーは違う存在になった。違う存在なんだから、真似は出来てもそのものになることは出来ない。そう言うことだ」


「私とクレー・マークンとは、違う存在なのだと?」


「ああ。それだけは間違いないと断言できる」


 精霊神は目を細めて俺を見ていた。


「君は私が思っていたより遥かにさとい」


「お褒めいただきどうも……と言いたいところだが、その言葉の後に続く言葉を考えると怖いな」


「そう怖い話じゃない。どうだい、これから私に協力しないかい? その為なら、クレー・マークンを戻すことも考えよう」


 クレーを、戻す?


「断る」


 俺は即答した。


「アナイナ・マークンから聞いた通り、私は嘘はつかないよ」


「嘘はつけない。だけど、これから先、意見を変えることはあるだろう? 今、嘘じゃなければ問題ないと言うことは知っている」


 聖典などで、読んだことがある。


 その時、本気であれば、嘘ではない。ただ、結果として、約束が破られたことはある。すべての生命を慈しむと誓った精霊神が、凶獣や魔獣を野に放ったように。


 そんな相手が出してきた条件を飲めるほど、俺は楽天家ではない。


「そうか。残念だ」


 本当に残念そうな顔を作って、精霊神は立ち上がる。


「でも、彼の無事と居場所が分かっただけでも君にとっても有意義な会話だったんじゃないのかな?」


「ふん。……どうせ、このことを言えばどうにかするつもりなんだろう。言わないだけで」


「ああ、君は本当に聡い。何故私は真っ先に君を取り込みに行かなかったのだろうな」


 精霊神は真面目な顔で言った。


「君の力を借りれば、クレー・マークンも私に逆らおうとはしなかっただろうに」


 ああ、家族だな? 俺の家族を人質に取るという意味だな?


 精霊神は俺の心を読んだかのように薄く笑んで、そして鳥部屋を出て行った。

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