第401話・風呂上がりの虎は

 男の子の湯は上を下への大騒ぎ。大人の湯に入っていた大人が様子を見に来るほどの騒動らしくて。


 猫って水嫌いじゃなかったっけってあとでモール町長に聞いてみたけど、虎は水浴び好きで、特に護衛猫として育てられたテイヒゥルはお湯でも平気らしい。で、子供に言われるがまま、お湯の中、ずぼーんと。


 子供たち大興奮。


 マナー違反で、ウサぐるみ舞台が大量出動してほとんどの子供が連れ帰られたと。


 取り残されたテイヒゥルがしょんぼりしていたら、今度は女の子がテイヒゥルを女の子の湯に連れて行って、テイヒゥルの体を洗ったりよしよししたりと、こっちはマナー違反せずにテイヒゥルと楽しく入浴タイムを楽しんだらしい。


 これを聞いたシエルが「テイヒゥルはマナー違反しなかったんだな」と呟いていたので、ウサぐるみ機関は虎相手でも発動するようになっていたらしい。が、テイヒゥルは絶対マナー違反をしなかったと。


 お湯から出て、女の子みんなでテイヒゥルをゴシゴシしていた時にお風呂から上がったモール町長が合流。テイヒゥルをお手本に、と猫の洗い方やブラシのかけ方を教えていたらしい。


 大人は心配していたらしいけど、裸の子供(しかも付き添い大人なし)を相手に大人しく洗われたのを見ていて、「ああこれは大人しくてデカい猫なんだな」と認識したとか。


 これはサージュの早耳草の報告。


 その場にいた全大人が、「猫でもあそこまで聞き分けが良くて大人しいのはいない」という結論に達したとか。


 で、キレイキレイされたテイヒゥルは気持ちよく毛並みも整えられて、尻尾を立てて、今のところ二つしかない宿泊施設……まあ会議堂なんだけど……もう一つは神殿だけど……に戻っていったという。


 うん、その後はぼくが知っている。


 会議堂中の人間が、噂の虎を見にやってきた。


 ぴかっぴかのつやっつやになったテイヒゥルはご機嫌で、まずぼくを見つけて頭をすり寄せてきた。


「はいテイヒゥル、つやつやだね」


「ええ、ウサの湯で子供たちが洗ってくれてね」


 その時はまだ早耳草から連絡が来ていなかったので、僕は(ウサギの湯に虎が入るって……)と内心ツッコミを入れていた。


 でもまあ、大人しかったんだろうなと判断もつけて。


 でないとウサの湯は放り出すからなあ。文字通り。ウサギに放り出される虎なんて見たくないし。


 気が付くと、周囲に野次馬がたかってた。


「本当におとなしい」「威嚇もしないんだな」「フェーレースの護衛猫って超有能って言うけど」「他の町への威嚇にもなるな」「箔はつくね」


 ……何か好意的な意見が多い……。


「その上で猫のお代も考えさせていただく、のは承知されていますね、クレー町長?」


 ……どうやら外堀は埋められたらしい。



「で? 何がそんなに嫌なんだ」


 周りの人たちの好奇の目線から逃げて駆け込んだ鳥部屋で、エキャルをもしゃもしゃしながらティーアとお喋り。


 鳥屋部はティーアの大事な場所なので、会議堂で唯一町ではなく個人が管理している場所。町民や町長でも許可を得なければ入れない。それを破ると宣伝鳥が使えなくなるから、警備も堅固。ぼくが逃げ込める中で一番安全な場所なのだ。


 エキャルのおつむをくりくりしながらぼくは愚痴る。


「そりゃあテイヒゥルは可愛いよ。うん。正直懐かれたらすごく可愛くなったよ。可愛い可愛いって首根っこ抱き着いてゴロゴロしたいよ」


「クレー……シエルがうつったか……?」


「違うって。確かにシエルの影響は受けたとは思うけど」


 今までバリバリの犬派だったけど、猫も可愛いじゃんって思ってる。まみれるシエルを見てから、猫まみれっていいな。犬まみれもいいかな。動物まみれでもいいかなって思ってる。


「でも、それとは別でテイヒゥルを可愛いと思ってるんだよ。真面目だし愛想いいし愛嬌もあるし役立つし。町の名物にもなるし」


「じゃあ、嫌がる理由がないじゃないか」


「ところがあるんだよ」


「言ってやればいいじゃないかそれを」


「言える場所がないから言えなかったんだよ」


 ティーアはぼくの発言の裏の意味を悟り、眉間にしわを寄せた。


「……か?」


「ああ」


 エキャルの頭をくりくりし続けながらぼくは息を吐いた。


「テイヒゥルは野獣の一種、猛獣。つまり、に影響される可能性がある」


「あー……」


 ティーアが納得したように溜息交じりの相槌を打つ。


「そもそも、いくら調教されたとはいえ虎なんて猛獣、普通一見で懐かないよ。どう考えてもぼくの懐かれやすさや親しまれやすさはの影響としか思えない」


「まあ……な。……だが、それを言うならスキルで懐かせるオレの嫁さんもある意味の影響だと思うぞ?」


 スキルは闇の精霊神が人間に与えて光の精霊神が修正したもの。ティーアが言いたいのは、スキル持ちは全員精霊神の影響を受けているぞ、そもそも人間自体もあいつら……が生み出したものだ、と言うこと。


「それは分かってるんだけど……」


 分かってるんだけど、簡単にイエスとは言えないですよ。

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