第400話・子供と虎と町長と

 ここから先はクイネから聞いた話になるんだけど。


 当然のことながら、生肉が先に出たのだけれど。


 テイヒゥル、モール町長の料理が出るまで食べずに待っていたらしい。それも、モール町長が何も言ってないのに。


 食われるかと思って距離を取っていた客や従業員が、よだれを流しながらも犬のように「待て」をしていたテイヒゥルにちょっと好意を持ったらしい。


 その好意もモール町長の料理が来て、モール町長の合図でテイヒゥルが肉を食べ出したら引いたらしいけど。まあ猛獣の食事シーンってワイルドって言うからね……。


 ガツガツ食べ終わって、ベロっと口の周りを舐めてから、また「待て」。


 そうだね、テイヒゥルって護衛猫……虎……猫だもんね。飼い主の許可なかったら食べないよね。護衛ってそう言うことだから。


 で、大人しく待っている姿がまた注目を集めて。


『こいつ、町長が飼う予定の虎?』


 と客の一人、陶器師が聞いたらしい。


『飼ってくれればいいのになあ、と思ってる虎よ』


 モール町長は平然と答えたとか。


『クレー町長は気に入ってくださったんだけど、町の人が怖がるから、と悩んでるの。だから、わたしはテイヒゥルちゃんがここで暮らせるように皆さんに紹介して回るの』


『でも、虎だろ? 危なくない?』


『テイヒゥルちゃんは護衛猫だもの。クレー町長に手を出す以外の相手には絶対に危害を加えない。あと毒物ととかにも敏感だけど』


『へえ……』


 その客はテイヒゥルを覗き込み、目の前で指をフラフラさせた。


 目は追っている。尻尾も振っているけど、足は出さない。


『俺が手を出しても噛みつかないのか? 昼間に来た時ガキどもにまとわりつかれても手ェ出さなかったって言ってるけど』


『絶対に噛みつかないし爪も立てないわ。嫌がることをされても動かない。護衛猫ってそう言うものよ』


『賢いのかお前~』


 よしよし、と撫でられて、テイヒゥルは機嫌よさそうに喉をゴロゴロ鳴らしたとか。


『……本当にデカい猫だな』


『賢い、も付け加えてね』


『おう』


 ナデナデされて機嫌よくなったテイヒゥルはちょっとその手に頭を擦り付けて。


 その様子を見ていた客が我も我もと触りに来た。


 歓迎されていると思ったテイヒゥルはすっごく幸せそうに喉を鳴らしていて、ヴァリエやクイネも恐る恐る撫でたけど、気持ちよさそうに目を細めてたって。



 この後は別情報。


 モール町長、そのまま湯処に向かったらしい。


 目指したのはウサ湯。


 昼間に薔薇湯とか乳湯とか色々回ったのに「まだ回り終わってないから」って。モール町長うちの湯処は百近いんですよ! 回るの大変! しかも三日って期限あるんでしょ! ついでに、この後大湯処も作る予定なんで、そうなったらモール町長また来るでしょ!


 というぼくの内心のツッコミはさておき、当然のことながらテイヒゥルも一緒。


 ちょうど子供を乗せていくウサ車と出くわしたらしい。


 子供はウサギの上から虎を見るという何ともシュールな構図に。


 運転手のセネクスさんがさりげなく方向を変えようとする前に子供が虎を見つけて。


『なにー?』『トラー?』『ヴァイカスの言ってたおっきい猫ー?』


 そうね、ヴァイカス君はその地域の子だったね……。


 子供たちはウサ車から手を振って大騒ぎだったとか。


 それに拍車をかけるのが話好きのモール町長。


『君たち、どこいくのー?』


『ウサの湯ー』


『私もそこに行くのよー』


『一緒ー! 一緒ー!』


『ねーじいちゃん、トラさんも乗せられないー?』


『無理』


 セネクス老、きっぱりと言い切ったらしい。


『この車は子供用。虎用ではない』


「えー「えー」えー」


 ブーイングが巻き起こったけど、セネクス老はきっぱり「ダメ」の方針を貫いたようで。


『じゃあ並んでいこー? ならいいよねー? ねー?』


『仕方ないの』


 セネクス老、渋々車の速度を落とした……と言っても元々大人の早足程度のスピードしか出さないんだけど。


 で。巨大なウサギと虎とモール町長が並んで進むという、シュールというかなんというか表現のしづらいことになったようで。


『トラさんグランディールに住むのー?』


『グランディールに住むんだよねー?』


『グランディールで一緒にいられるんだよねー?』


『さあねえ』


 モール町長、ちょっと溜息混じりに言ったらしい。


『テイヒゥルちゃんが怖がられてるようだし』


『えー。トラさんこわくないよー』


『かわいいよねー』


『かっけーよなー』


『ヴァイカスをかまなかったんだから大丈夫だよねー』


『ねーじいちゃん!』


『さあな』


 セネクス老は一言でぶった切るとウサ湯に向かった。


 のっこのっこと進むウサ車。のっこのっこと歩くテイヒゥル。のっこのっこと進むモール町長。


 ワイワイ喋りながら進む謎の集団。


 ウサ湯について車から降ろしたら、まず子供たちはテイヒゥルに群がったらしい。


 ……群がるよな、そりゃあ。


 のっこのっことウサ車について歩く虎なんて、子供の好奇心、めっちゃくすぐるもんなあ。


 で、男の子たちが……。


 ウサ湯の子供用男湯室の中にテイヒゥルと入れたんだと。

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