第297話・荷車の馬
ベッドから落とされて目が覚めた姉弟は、慌てて顔を洗う。
「まったくもう、お迎えが来ちゃうでしょう」
お迎え?
大神殿から?
精霊神の力で転移でもするのか? じゃあ荷車の準備は一体? 荷車用意しなくても積んどけば移動できるぞ?
かなり大きめの荷車は、御者席のような場所があって、毛皮や干し肉が積まれた他にいくつかのスペースがある。多分マトカさんや子供たちやぼくたちの場所なんだろう。
着替えて来た二人の服装を整えて、ついでにぼくたちの毛並みを整えて、抱えて荷車の上に乗せる。
「そろそろ来るかな」
来るって何がですかパテルさん。
ぼくの横で、ぴくっとペローの耳が跳ねた。ぼくの耳も、ぼくの神経が反応する前に動いた。
何か来てる。
何か……何かが。
荷車が三台並んで歩ける街道の彼方から、何かが来る。
なんだ……? 精霊神が関わっている気配には間違いないけど……。
かっぽ、かっぽ、かっぽ、かっぽと足音も聞こえてくる。
一つ……いや、二つ、三つ……。
馬……?
かっぽかっぽとやってきたのは、三頭の馬?
馬だ。
真っ白い馬が三頭、連れ立ってやってくる。
「あれー? お迎えの馬って、あれー?」
「そうだ、大神殿からのお迎えだ」
マジか。
本当に大神殿からお迎えに来たのか? この家族を?
白い馬は精霊神の気配を感じさせる。ヤバいかな。ぼくのことがバレたら……。
白い馬三頭が立ち止まって、こっちを見る。
「お迎え、ありがとうございます」
パテルさんが深々と頭を下げた。
三頭の馬は軽く鼻から息を吐き出して、荷車の前で、くるりと来た方向に向き直った。
パテルさんが荷車の紐を近付けるようにすると、スッと紐が伸び、三頭立ての荷馬車が出来た。
大神殿から神馬を派遣して、本当に迎えに来たのか?
これは……住民に余計な負担をかけない為?
それとも、大地を自由に行き来させないため?
……分からない。
精霊神の性格を考えれば、どちらも充分に考えられる。
どっちにしろ、神馬に揺られて大神殿まで行ってみなければ分からない。
乗るなら乗れ。沿うなら沿れ。最後まで。でないと結果は出ない。
「前にあなたが一人で行った時は一頭だったのにねえ」
「ちゃあんと、おまえと、子供たちと、犬って伝えたからな」
としたら、この馬は犬の姿をしているぼくを認識しているかも知れない。
何処へ連れていくのか。さすがに聖地に住むイコゲニア一家を巻き込んでぼくを追い出すことはないとは思うけど。
パテルさんが御者台に座ったのを確認して、三頭の神馬はかっぽかっぽと歩き出した。
「おーうーまーはーあーるーくー、まーあっしーろーいー!」
フィウ君のご機嫌の歌声が響く。
三頭の神馬は全く気にせずかっぽかっぽと歩を進める。
犬のぼくがリズムを乱される歌声を聞きながらよく進められるな、本当に。
「フィウ、静かにしなさい」
さすがにマトカさんが止めに入る。
「ぽっくりこー、ぽっくりこー!」
「なあ、フィウ」
御者台から振り返って、パテルさんが言う。
「ここから降りて歌いながら一人で帰るのと、黙って乗ってるのと、どっちがいい?」
「…………!」
フィウ君が自分の口を押える。
「よーし。それでいい。せっかく迎えに来て下さった神馬様の邪魔になるからな」
「大神殿にはいつ着くの?」
ツェラちゃんが聞く。
「そんなすぐ着くわけないだろ」
「えー」
「まあ、ゆっくりのんびり行くさ。大神殿は遠いからな」
遠い……?
この聖地は大陸よりは狭いはず。神馬が三頭もいて遠いも何もないだろうに。
荷台から身を乗り出して外を見る。
うっすらと霧がかった街道。霧を透かして草原が見える。聖地にも人噛み蛇のような歪んだ闇の影響を受けた凶獣や魔獣のような危険生物がいて、人が完全に守られているわけじゃない。だからこそ大神殿から神馬を出すのだろうか。
分からない。
ぼくの考えなど知らないように三頭はかっぽかっぽと並足で歩く。
荷車はほとんど揺れない。
ぼくもスピティに家具を収めたりするときに牛車や馬車に乗ったけど、あれは揺れたな。
かなり揺れたな。
あの頃はまだグランディールの存在を隠していて、如何にも遠くから乗ってきた振りをするためにわざわざ乗ったけど、……正直、お尻が痛かった。整地されてない道を歩くと車は跳ねる。スピティの近くに行けばそれなりに街道も石なんかが取り払われたりして乗り心地は悪くなかったけど、この神馬に引かれる荷馬車は最高だ。
車は木の輪だし、台に
馬の足音、静かな振動、暖かい太陽、涼しい風。
なんだこれ。寝ろって言ってるようなもんじゃん。
マトカさんは二人の子供を抱えて前を見ている。フィウ君ならまた歌い出すかと思っていたら、いつの間にか寝ていた。
まあ……眠くなるよな。
ぼくも結構眠い。
でも寝たらダメだ……。大神殿への道が分からなくなると困る。
ぼくの必死な努力を無駄にするように、ゆらゆらと揺れながら荷車は進む。
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