第298話・目印
眠い……。
眠い……。
眠たい!
聖地の情報を手に入れるには起きて道のりを見ていなければならない。
だけど、単調な音、単調な揺れ、穏やかな暖かさと涼しさ。
生き物はこういう条件を整えると眠くなるのです。
くっそう、
神馬を遣わせ、生き物が眠くなる条件を整えて、聖地の正確な場所や距離、その他必要な情報を乗っている人に手に入れさせないためのこの条件か!
マトカさんは二人の子供を抱えたままこっくりこっくりと舟をこいでいるし、パテルさんは御者台に座って口を開いたまま寝てる。
ペローは?
……とっくに夢の中。
あ~、眠気なんて感じない生き物にすればよかったー! でも生きてるからには寝なきゃだしー!
もう眠気はマックス状態で押し寄せてる。
くっそう……これは多分、ぼくたち全員が寝るまでは絶対に辿り着けない仕組み……だな?
耐えられないわけじゃない。ぼくが精霊神の力を使えば、この眠気に耐え続けて道のりを見ることが出来る。
だけど、このままだとイコゲニア一家も眠ったまま起きられない。
精霊神……自分の守護下の人間までぼくへの脅しに使ってるのか……? だとしたらお前精霊神じゃなくて最低神だぞ。
そこまで酷いことを考えてるわけじゃないと信じたいけど……。
かっぽかっぽかっぽかっぽ。
からからからから。
かたかたかたかた。
単調なリズムの繰り返しが、睡魔を駆り立てる。
くそう、眠い。
イコゲニア一家が大神殿に行けなくなると申し訳ないけど、こっちは下手すれば寝てる間にまた別の場所にすっ飛ばされる可能性があるんだ……。
何処かにすっ飛ばされてもすぐわかる目印があれば……。
今この場所、あるいは、イコゲニア一家の所に戻れる何かがあれば……。
……そうだ。
寝てる間に謝っておこう。パテルさん、マトカさん、申し訳ない。
目印を、つけた。
そのまま、ぼくは睡魔に負けて、意識が遠ざかっていく。
ちくしょう。
◇ ◇ ◇
さざ波のような音が聞こえて来た。
繰り返し打ち返すような……。
「あら、ペロー? それとも、ペルロ?」
はっきりとした声が耳に届いて、ぼくは目を開けた。
うん、目が開く。眠気は去った。
「んー? 犬が何かやったか?」
パテルさんは半分寝てるような声。
「そうよねえ、これだけ時間がかかるなら、途中で止めてもらえばよかったわねえ」
……あ。
すいませんマトカさん、ぼくです。
「顔見れば分かるわ。ペルロね」
はいそうです。
しゅん、としていると、マトカさんは笑いながら言ってくれた。
「分かってるわよ、我慢できなかったのね? 大丈夫よ、ちゃんと拭き取れば気にならなくなるから」
本当に申し訳ありませんマトカさん。
犬が出来て犬が分かって犬以外には分からない目印って、マーキングしか思い浮かばなかった。でも馬車は止まらないから、荷車から下半身を出来るだけ突き出して用を足して、荷車とその道に目印をつけた。
……人間の姿の時はやらないからね? 絶対にやらないからね?
でも、やっぱり犬のマーキングは人間のスキルにも匹敵する。神馬が気付いた様子もなく、街道の位置が分かる。ついでに言うと、イコゲニア家の位置も。そういや何度も用を足したんだよね……。
「なんだ、ションベン漏らしたのか」
パテルさんドストレートが過ぎます。
「構わないでしょ。荷物を汚したわけでも神馬様にかけちゃったわけでもないから」
「んー。まあ、犬のやることだしなー」
パテルさんが神馬に目をやるけど、神馬は気にせず前進中。
辺りの霧が晴れていた。
神馬が荷車を引いていく真っすぐ前、白亜の神殿……としか言えないものが見えた。
「ほら、起きろお前ら」
パテルさんの声に子供たちが目を覚ます。二人と一緒に寝ていたペローも起きる。
「ほら、見えるだろ。あれが大神殿だ」
「「うわあああ」」
二人の声がハモる。
真っ白い馬に引かれる荷車が、みんな大神殿を目指し、あるいは大神殿から去っていく。
やっぱり、大神殿の場所は極秘なんだろうな。
今のぼくならわかるけどね! 人のまま力封じればよかっただろうに、犬にするから! ざまぁだね!
イコゲニア一家から真っ直ぐ西。で街道の目印。そしてこの大神殿は……その上空にある。
大神殿は空にある。
住む人間が限られる聖地の、更に人間の手では届かない遥かな上空に!
でも、これで位置情報は分かったからね。イコゲニア家と街道と大神殿は分かった。
多分エキャルなら、この位置情報を追って来れるんじゃないかな。
人間だったら悪い顔をしているんだろうけど、仔犬の姿なんで難しい顔をしているようにしか見えない。今は、粗相したことを反省しているように見えるだろう。
かっぽかっぽと歩く馬は、四方八方から集まる道が合流する地点、大神殿の門をくぐった。
「さあ、お待ちかねの大神殿だ、ちゃあんとお手伝いするんだぞ!」
パテルさんの大声に。おう! と二人の子供が拳を突き上げた。
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