第299話・精霊神様へ捧げに

 大神殿に衛兵はいない。


 そりゃあそうか、聖地の上空、神馬の許可のない者は場所すら分からない大神殿に、誰が忍び込めるかって。


 ぼく? ぼくはちゃあんと他の聖地の住民と同じに、迎えの神馬に乗ってきたから許可ありで来たんです。不審者……もとい不審犬ではありません。


 神馬は神殿の中に入って、かぽっと止まる。


「さ、荷物下ろすぞ」


「「はーい」」


 わっせわっせと干し肉を下ろすパテルさんと子供たち。マトカさんは毛皮を出して、そしてぼくたちを下ろす。


「ちょっとここにいてね?」


 はい、分かってます。お世話になってるご家族にご迷惑をかけるようなことは致しません。


 今の情報の集め方は、耳を澄まして辺りの会話を聞き取ること。


 尻尾を振りながら、辺りを物珍し気に見回して、耳の向きを変えて言葉を拾う。


「祭りが近いですなあ」


「そうですねえ。ほら、あそこのご家族様、毛皮をお持ちだ。精霊神様にお捧げするものですよ」


 近くで荷物を下ろしていた老夫婦の会話。


「自分の持てる力で最高のものを精霊神様にお捧げしないと」


「精霊神様が全霊を尽くして創った聖地、住まわせていただいているわたくしたちが頑張らなくてどうします」


 その老夫婦が下ろしている荷物は、……本?


 全霊を尽くして作った最高のものなら何でもいいのか?


 いやいいんだろう、多分。


 ぼくだってグランディールで作ったって食べ物だけ大量に頂いても困りそうだし。お土産とかは消え物がいいっていうけど、食べ物でも肉と野菜とか被らなきゃいいけど、全員豚の干し肉だと勘弁してくれって思うだろうし。


 ……ってことは精霊神、一つ一つ見てるってことか?


 この聖地に住む人間から贈られるすべてのものを?


 いや、ぼくだって見るよ。見るけどさ。この荷下ろし場……獣から鳥から魚から穀物から野菜から石鹸とか油とか筆とか紙とかもう人間の作る多種多様なこれ全部捧げもので、全部精霊神が受け取ってるってのか?


 …………。


 今までの情報を頭の中に入れて、自分の掘り返してない記憶をひっくり返すと、確かにそうだった。精霊神は聖地だけでなく、大陸も、神殿がある場所全てに自分の分身の精霊を送り込んで、誰がどんな捧げものをどれだけ苦労して持ってきたか全部知ってやがんだ。


 ここまでしてるなら、何処の神殿下の誰が神殿から離れただなんてすぐ分かる。


 うん、見てくれるのは嬉しいと思う。思うよ? けどね?


 ……正直、怖い。


 自分の遥か上の存在が、自分の知らない場所から、目を皿のようにしてこっちを観察してるって、……怖いよ、それ?


 ここが聖地で相手が精霊神だからありがたや、になるけど、その下の神殿の更に人間を一人一人見てるって怖い。知らないから平気で何でもやってられるけど、知っちゃったら迂闊な行動が出来なくなる。変な行動を神様がじっと見てるって、恐怖だよ恐怖。


 ……ティーア、大丈夫かな。


 それだけ粘着質に見ている精霊神が、叛意を持っているティーアに気付かないはずがない。じっと行動を観察している可能性もある。


 あれからエキャルも来ていない。飛んでいる最中かも知れないけど、下手をすればグランディールに閉じ込められている可能性だってある。


 もちろん、が大事に大事に可愛がって自由まで与えていた伝令鳥を町長精霊神が町出入り禁止なんかにしたら、怪しいって思われるだろうから、その可能性は低いとは思うけど。


 エキャルとティーアに思いを馳せながら老夫婦の荷下ろしを見ていると、後ろから手を伸ばされて抱き上げられた。


「はい、大人しく待っててくれてありがとう。もう行くからね」


 ぼくは尻尾を振って応える。


 色々考えさせられる時間でした。聞く機会を与えてくれてありがとうございます。



 ふわん、と光が浮いた。


「なに?」


「なにこれ? なにこれ?」


「精霊神様のところまで案内してくれる精霊様だよ」


 ……精霊は人間の目には見えない。


 見える理由は、たった一つ。精霊神がその精霊と人間に許可を出した時だけだ。


 ぼくが見えるのは犬だからか精霊神の一割だからは分からない。視覚を確認するとペローにも見えていた。


 その光がちかりちかりと瞬く。


「ほら、ついていかないと」


「「はーい!」」


 子供たちが歩き出す。


 パテルさんが前。子供二人が真ん中。一番後ろがマトカさん。ぼくとペローは子供の両脇を固める。


 光はふわんふわんと上下しながら、主に子供たちの歩きに合わせて進んでいく。


 そっと目を細め、精霊神の能力で見ると、白い蛍のような精霊がお尻ではなく全身を発光させながら先導している。


 てくてく、すたすた、ほてほて。


 白い静かな廊下に、ぼくらの足音だけが響く。


 グランディールの神殿は西の民が音に聞く大神殿を想像して創ったモノだけど、実際に大神殿を見てしまうと、レベルが違うと思い知らされる。


 美しい。


 美しい、としか言いようがない。


 しん、と音を吸い込む神殿は、招き入れる者を静かに奥へ迎え入れる。


 やがて、廊下の果てに扉が一つ、ぼくらを待っていた。


「この向こうに、精霊神様がいらっしゃる」


 パテルさんが声を潜めて言った。子供たちの目はキラキラ。


 でも……精霊神は……今グランディールにいるはずなんだけど。


 どうするんだろう?

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