第296話・出かける準備は

 それから二日後。


 マトカさんが保存してあった毛皮を丁寧に手入れしている。


 そろそろ、かな?


 ペローが大きな台の上に広げられて垂れ下がっている毛皮の匂いを嗅いでいるのを横目に、ぼくは考えを巡らせる。


 納屋に置いてあった毛皮をまとめて手入れを始めた。それは毛皮を他人に譲り渡す準備。


 そろそろ、一家の中の誰かが、人のいる所へ行く頃だな。


 何とかついていければ……。


 そもそも子供たちは連れて行くんだろうか? いや、いくら聖地でも子供だけでお留守番はないだろう。パテルさんとマトカさん、二人行くなら子供たちも連れていくはず。


 ぼくたち二匹に留守番を頼む可能性もあるけど、その場合はペローを残して後を追えばいい。ペローは一匹で長期のお留守番が出来るくらいの能力は持っているから。


 そこで情報を集め、大陸の位置や距離、行き方。……もし可能ならこの大地の人口や暮らし方なんて言った生活情報も集めたい。グランディールに戻ったら、きっと役に立つと思うから。


 何とかついていける方法は……。


 …………。


 ………………。



 悩んでいる間も無情に時は過ぎていく。


 二匹揃って子供の水路掃除に付き合って、時々もしゃもしゃにされてブラッシングされて、そんな間に陽が暮れてマトカさんが夕食の準備をしてパテルさんが獲物を手に帰ってきて夕飯になる。


 何だか子供二人がソワソワしている。ペローに聞くと、朝辺りからそんな感じだったとの回答(こんなしっかりした言葉じゃなかったけど)。なんだ?


 と、パテルさんが咳払いした。


「明後日、大神殿に行く予定だ」


 ぱああ……と子供たちの顔が輝く。


「約束通り、今度はお前たちも連れていく」


 わああ……と子供たちの表情が明るくなる。


「本当? 本当?」


「お母さんと一緒にお留守番じゃないよね?」


「そう。お父さんもお母さんも、ペルロとペローも連れていく」


 わああ、と今度は歓声。


 ぼくの尻尾が勝手に激しく振れている。


「ペルロ! ペルロも行けるって! ペローもだって!」


 フィウ君はぼくを、ツェラちゃんはペローを抱き上げてきゃいきゃいしている。


 大神殿、か。


 西の町には日没荒野の果てに精霊神の大神殿があると伝えられている。


 この聖地にある大神殿。それは紛れもなく光の精霊神が自ら作った、全ての神殿のはじまりだろう。


 この聖地の中心。恐らくは聖地に住む人が集まる場所。


 好機だ。


 この聖地の情報、人の出入り、荒野の行き来、そういうものが集まっている場所。


 そこには、ぼくが戻るのに必要な情報もあるはず。


 よし。


 それまでに、力の使い方に慣れ、情報を手に入れたら帰れるようになろう。


 力を使うためにも、とぼくはいつもより少し多めな干し肉に噛みついた。



     ◇     ◇     ◇



 翌日は疾風怒濤で時が過ぎた。


 朝はいつもより物凄く早かった。何故かって言うと子供二人が興奮して早起きしてはしゃぎだしたから。


 マトカさんは朝から保存できない生物なまものの食品を全部料理にして、人間が食べきれないものはこっちに回すので、美味しくいただいたけど食べ過ぎて腹が地面を引きずりそうになった。


 パテルさんも猟に出ず道具を手入れしてからマトカさんと一緒に荷造りをしている。


 ここまで真面目に旅の準備をするってことは、大神殿は結構遠いんだろうな。


 それでも荷車だけで移動できるんだろうか。パテルさんが引っ張るとしても、かなり携帯食を準備している……一日二日で着く距離じゃない。


 もしかして、ぼくたちが引っ張ることに……いやいやそれはないか。ぼくとペローは体が小さい。荷車に括りつけたら足が浮く。


 どうやって行くんだ?


 荷車を見て首を傾げていると、後ろからぐいっと。


 ぐえ!


「しんでん! しんでん! だいしんでん!」


「いける、んだー! ぼくたち、もー! だーいしん、でーん! あしたあした~!」


 ツェラちゃんはくるくる回るし、フィウ君はご機嫌に歌うし。


 うん、話をまとめれば君たちも初めて大神殿に行くんだよね。嬉しいね。でも後ろからいきなり、たくさん食べた直後のお腹に手をまわしてグイっと引っ張らないで! 苦しいの! お願いだから!


 ぼくのお願いが通じることもなく、フィウ君の変な歌はますますヒートアップしていくし、ペローはくるくる回るツェラちゃんに抱かれて目が回ってる。さっきお腹をグイっとされてペローの目が回ってるのに同調しちゃったせいでマジ気持ち悪いです。勘弁してー!



 それで興奮して寝ない二人をマトカさんが無理やりベッドに押し込んで、「早く寝ないと置いていくわよ!」と言われて無理やり目を閉じさせられると、一日はしゃいでたおかげで子供二人すぐ爆睡。


 おかげでぼくとペローもぐっすり眠ることが出来た。



 そして翌朝。


「朝よー。起きなさい」


 マトカさんが起こしに来たけど、一昨日興奮しすぎてよく寝てなくて、昨日はしゃぎすぎたせいで、子供たちはぐっすり。


 しっかり眠れたぼくたちはすっかり目を覚まして、いつもより念入りにブラッシングされている。


 子供二人は……起きない。


 はあ、とマトカさんは溜息をついて、布団の端をぐっと握り……。


「起きる!」


 子供二人を布団ごとベッドから引きずり落した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る