第406話・猫の湯ピンチ

 モール町長が町に戻るのを見送ってから、グランディールを動かした。フォーゲルの近くに。


 スヴァーラさんが体調を取り戻して、一度ここに来るって連絡が入ったからだ。


 でも、去り際、モール町長に「大湯処が出来たら絶対に行きますからね、その時は鳥をお願いねっ?!」と食い気味に言われたので、その約束は守らないとなあ。


 とりあえず、大湯処を完成させるためには、シエルをやる気にさせるしかなく、一番手っ取り早くやる気にさせるには猫の湯を完成させることだ。


 会議堂からもシエルの家からも近い猫の湯予定地湯処に行くと、シエルは見守る町民の前で地面に寝そべって地面に広げた紙に一生懸命書いていた。


「どうしたの?」


 周囲を囲む町民に声をかける。


「あ、虎。……と町長」


 どうしてもテイヒゥルと歩いていると、みんなの目がまずテイヒゥルに向く。デカいし怖そうだし迫力あるしな。どう見てもぼくの方がお供だ。


「あそこでつくばっているシエルは何をしてるの?」


「あー……ああ、何か完璧な猫の湯を目指すって気が付いたら朝からやってた」


 シエル~。


 猫の湯に力を入れるだろうなあとは思っていたけど、今昼過ぎだよ? 朝からやってた……というか、自宅でやるの禁じられて会議堂のデザイン室まで戻るのめんどいからここでやってた、ってことだな?


「ごめん。道空けて。ごめん」


 シエルまでの道を開けてもらって、尋常じゃない目つきで設計図を書いているシエルを見る。そして。


「テイヒゥル、GO」


「がうっ」


 ぼくの意図を察したテイヒゥルがとっとっと二・三歩さがって。


 ふわりと飛んでシエルの間近に着地した。


 ず……ん、と地面が小さく揺れる。


「あーっ! 設計図がずれたーっ! 誰だ邪魔したの……は……」


 じっとシエルの顔を覗き込むテイヒゥル。


 そしてテイヒゥルがいるのなら、ぼくが一緒にいると当然考えたんだろう。慌てて設計図を隠そうとするが、周りをみんなが囲んでいるので隠す場所もなく、あわあわと視線を移してぼくと目が合う。


「……あの……」


 僕は一歩前に出た。


「デザインはデザイン室でって言ったよね?」


「…………はい」


「家でやるとシートスとかに怒られるからここに来たんだね?」


「…………はい」


「猫の湯はちゃんとみんな集まってからデザインするって自分で言ったんだよね?」


「…………はい」


「はい、言いたいことは?」


 うろうろと視線を彷徨わせ、逃げ場もないと覚悟し。


「申し訳ありませんでした……っ! 反省してます、二度としません、大湯処もちゃんとします。だから、猫の湯は……猫の湯放棄だけは、どうか……っ!」


 ぼくは溜息をついた。


 猫好きで猫の湯なんて言うのを提案するほどに猫を猫猫することに情熱を燃やしているシエル。つい思いついて描き始めたけど、デザインは家ではやるなと言い聞かされているのを思い出し、会議堂に行くまでに思いつきが溢れてここで描き始めてしまったんだろう。猫と人間が幸せに触れ合える空間を。


 そしたら夢中になって夜が明けてギャラリーに取り囲まれていたのにも気付かなかったと。


「猫の湯は、もう猫を引き取っちゃったから廃棄にはしない」


「じゃあ……!」


「ただし、一番湯に入れない」


「……ええ……っ」


 絶望、と書いたような顔。


「それ……はっ」


「不服?」


 ぼくは地面に撒き散らかされた紙を拾う。シエルが慌てて散らかった紙を搔き集めようとしたけど、どん、とテイヒゥルが足を置く。


 もう猫が猫猫して猫しているよ。モール町長が帰ってよかった。シエルと二人して猫猫を猫して猫することになっていたよ。


「猫の湯廃棄とどっちがいい?」


「くっ……!」


 がっくりと項垂れるシエル。


 デザインは許可を得た時以外はデザイン室でやれ、って約束。それを忘れて公共の場所、道のど真ん中でデザインしちゃってたんだからね。シートス辺りが見つけたんだったら丸一日立ち入り禁止になっていた可能性だってあるんだからね。感謝しろ。


「で? 最終的にどんな形に?」


 シエルは項垂れたまま紙を突き出した。


 ふんふん。湯は普通。というか、猫と触れ合う前に身を清める?


「何で猫と触れ合う前に身を清めるの?」


 普通毛とかがつくから逆じゃないか?


「猫様に汚れを与えるわけにはいかないだろう」


「テイヒゥル、踏んで」


 テイヒゥルがこれでいいの? と言うような顔で、前脚をシエルの背中に乗せる。


「ぐえ」


「よかったなー猫様に踏まれたぞー」


「いやだーどうせ踏まれるなら生後三か月の子猫に束になって踏まれたいー」


「まみれたいんだったら真面目にデザイン!」


「オレは真面目です」


 本気で猫に汚れを移したくないようだ。


「じゃあ……」


 ぼくは必死に頭を回転させた。


「猫に会う前に入り口の湯で体清めて、猫と触れ合って、帰る時に帰りの湯で猫毛とか落とすとか?」


「そうかっ」


 閃いたらしいシエル。


「ついでに入り口で猫と触れ合う館内着に着替えて、帰るまでに服が綺麗になっているといいな!」


 ……一体どこからそのアイディア出て来るのシエル。君の脳みそ、一回覗いてみたいよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る